冷血CEOにバツイチの私が愛されるわけがない~偽りの関係のはずが独占愛を貫かれて~
「な、なぜ……」
キスなんてするのか。その続きの言葉が出てこない。
でも、裕翔さんはそれがわかっていたようにわずかに口角を上げた。
「お互い大人なんだ。〝婚約者ごっこ〟をするなら、キスくらい問題ないだろ?」
「く、くらいって!」
彼に対して、初めて抗議らしい声を上げたかもしれない。
裕翔さんはそんな私の様子がおかしかったのかくすっと笑う。
「お言葉ですが、そういうことは特別に想っている相手にしかしないことだと私は考えるタイプの人間で、なので、裕翔さんには大したことじゃないかもしれませんが──」
「もちろん」
ぽつぽつと言葉を紡ぐ私の唇の前に、今度は長い人差し指が当てられる。
数十秒前とは一転、裕翔さんは真剣な表情で私の目を真っ直ぐ見つめた。
「特別に想い始めてる。それが大前提だ。誰にでもすることじゃない」
まばたきを忘れるほど驚いて、彼の顔から視線を外せない。
同時に顔や体が熱くなるのを感じて、ハッと我に返った。
これ以上どうしたらいいのかわからず、「失礼します」と呟いてそそくさと車を降りていく。
「ありがとうございました」
最後にもう一度お礼を言って頭を下げ、降りたドアを閉めた。
今日は帰っていく車を見送る余裕がなく、そのままエントランスを入りエレベーターに乗り込む。
自分の居住階に降り立ち共有廊下からマンション前を見下ろすと、ちょうど黒塗りの高級車が走り去るところだった。