紅い蝶の見る夢
その時、ガチャと幹部室のドアが開いた。
「そんなところで固まって何をしているんだい?」
「そ…、」
「そぉちょぉぉおおお!!!!」
不思議そうな顔をして幹部室のドアの開けたのは我等が“B2”総長の九條院暁羽だった。
サラサラと風に靡く金色の長い髪と日本人離れした中世的な顔立ちは一見女性を連想させるが、180を優に超える高身長と意外に広い肩幅と逞しい胸板は誰がどう見ても男のものであった。
あたしに詰め寄られてオロオロしていた伊月は総長の登場に目を輝かせて一目散に駆け寄った。
「総長聞いて下さい!また桃くんと尚哉くんが海さんを捕り合って喧嘩してるんです!」
「おい」
だからあたしを巻き込むなって。
当事者扱いしてるけどこっちだって被害者なんだからな。
「あのね、言って置くけど…」
桃と尚哉の喧嘩をあたしのせいみたいに言う伊月の発言を訂正しようとした時、複数の足音と共に耳を塞ぎたくなるような忌々しい声が聞こえて来た。
「まーたやってんのかよ。相変わらずワンパターンだな」
「案外馬が合うんじゃないか?」
「……近い」
総長に続いて幹部室に入って来た3人の姿に頭を抱えた。また煩いのが増えた。
「誰と誰が馬が合うって!?」
「いくらよっちゃんでも言って良いことと悪いことがあるよ!」
総長と共に幹部室にやって来たのは…。
「とか言って毎度毎度同じやり取りしてんじゃねぇか。仲良しかよ」
親衛部隊隊長の不知火緋真。
金髪のショートに赤メッシュを入れた如何にもやんちゃしてそうな見た目の喧嘩好きバカ。
“B2”メンバーの中では誰よりも頭に血が上りやすい俺様単純野郎だと思われる。
「「どこが⁉︎」」
「いや、そこだろう」
“B2“のツッコミ担当、諜報部隊隊長の風魔頼稀。
全然似てないけど尚哉とは従兄弟同士らしい。
どこが似てないかと言うと癖っ毛な髪質や常に喧しくあたしに絡んで来る尚哉とは違い風魔はクセのない茶髪のショートに口数も少ないため内心宇宙人みたいな奴だと思ってる。因みに宇宙人と言ったのは悪口ではなく何を考えてるのか分からないって意味だ。その上何事にも冷静沈着でやることなすこと無駄がないクールな男。それが風魔に対する印象だった。
だから時々アイツと被って見えることがある。あたしの嫌いなあの男と。
「わっ!?」
突然の浮遊感に思わず間抜けな声を上げた。
「あっ!?」
「ああ、僕の海ちゃんが盗られたぁ〜!!」
あたしはいつの間にか背後に回っていた人物によって持ち上げられて別のソファーへと移動させられた。この男、佐倉冠葉によって。
「さ、わんなっ!!」
パシッと、佐倉の手を振り払う。
先程の恨みもあり精一杯の睨みを利かせたつもりだが、当の本人はしれっとした様子で振り払われた手を見つめていた。
佐倉と出会ったのは去年の夏だった。
闇に閉ざされた真夜中の公園に突如現れた佐倉は初対面のあたしに向かってこう言った。
『―――お前は何のために拳を振るう?』
……ああ、ダメだ。
思い出しただけでもイライラする。
あたしの真意を探るような冷たい目も、諭すような厳格な口調も、何もかも…。
でもあの時のあたしには選択肢なんてなかった。佐倉に負けたあたしには。
「触られたくなければ早くそこを退け」
「煩ぇ!あたしがどこにいようとあたしの勝手だろうが!」
だからあたしは今ここにいる。
“B2”の特攻部隊副隊長の紅蝶として、大っ嫌いな佐倉の隣に。
「てかそっちのソファー空いてんじゃん。態々海を退かす必要なくない?」
「サクちゃんこそ海ちゃんを独り占めにしないでよ!」
佐倉によって強引に別のソファーに移動させられたあたしは桃達と反対側のソファーに座ることとなった。
佐倉に軽々と持ち上げられたことはムカつくが喧しいコンビと離れることが出来たのでまあよしとしよう。
そう思ったのも束の間、佐倉があたしの隣に座ったことで抑えていた感情が再び膨れ上がる。
「何でアンタがあたしの隣に座るんだよ!?」
「こっちの方が広いからだ。特に意味はない」
「あたしが退いた意味は!?」
「さあな」
「こっの…」
沸き上がる感情と比例してワナワナと拳が震える。
何がさあなだ。ふざけんな。
こっちはさっきのこともあってテメーの顔なんて見たくもないって言うのによく平気な顔してあたしの前に現れたな。神経図太いんじゃないか。
口で言っても伝わらないなら一発くらい殴ってもいいよな?寧ろ一発で済ませてやるって言ってんだから感謝して欲しいくらいなんだけど?
拳を固く握り締めてソファーから立ち上がると、佐倉が「はぁ…」と溜息を吐いて肩を竦めたのが見えた。
ブチッ。
殴る。絶対殴ってやる。
そのお綺麗な顔を見るに堪えない醜男にしてやるよ。
「わぁぁあああ!!ストップストップ!!海さん待って下さい!!」
「海ちゃん!早まっちゃダメだよ!」
「止めるな。この男に一発ぶち込まないとあたしの気が収まらない」
「まあ、相手はあの佐倉さんだしな…。海の気持ちは分からなくもないけど」
「ヤレヤレー。今こそあの澄ました顔をぶちのめせー」
「任せろ」
「任されちゃダメですってば!」
「ヒーくんも余計なこと言って煽らないでよ!」