紅い蝶の見る夢
「ふーん……って、彼女ぉ!?先代って女かよ!?」
「知らないんですか?“玄武”の先代、つまり14代目総長は歴代最強と謳われた女総長で、またの名を“氷妃”」
―――“氷妃”。
それが彼女の通り名だった。
「歴代最強だぁ?そんなおっかねぇ女なのかよ?」
「こっわ〜い!」
「アンタのその性格の方が怖ぇよ…」
「ん?何か言った〜?」
「うわっ、地獄耳!こっわーい!」
「テメー…喧嘩売ってんのか?」
「そっちが売るなら買ってあげてもいいけど?」
「上等だ。表出ろや」
「それはこっちの台詞。諜報だからってナメんなよ」
「そっちこそ。僕がいつまでも甘い顔してると思ったら大間違いだよ。お前なんて海ちゃんがいなかったら…「タ、タイム!喧嘩しちゃダメですよ!2人共落ち着いて!」
桃と風鳴の口論に割って入る、駿河。
そのやり取りにいつもならゲラゲラと笑って煽る緋真も今回ばかりは呆れた様子で気怠そうに声を漏らした。
「またかよ…」
「いい加減にしろ。話が進まないだろうが」
「だって尚哉が喧嘩売って来るんだもん」
「人のせいにしてんじゃねぇよ。アンタが…」
その瞬間、ガンッと大きな衝撃音が幹部室に鳴り響く。
「話を戻すぞ」
「「は、はい…」」
音の正体は頼稀が机を蹴り飛ばした音だった。
頼稀の威圧的なオーラに桃と風鳴がしゅんと小さくなる。
それをいいことに緋真は“氷妃”についての質問を続ける。
「で、その“氷妃”の由来は?」
「知りませんよ。ただとてつもなく強かったそうですよ」
「と、とてつもなく…」
ゴクッと、駿河が息を飲む。
「ですよね、冠葉さん?」
「お前まで俺に振るな…」
「冠葉さんの情報の方が正確ですから」
アゲハさんの台詞を根に持ってるだけだろうが。
「とてつもなくね…」
ギラギラと、餌を前にした獣のような瞳に自然と溜息を吐く。
「はぁ…」
これだから喧嘩好きバカは手に負えない。
「それで、何故“蠍”が海を狙っているのかは分かったのかい?」
アゲハさんの当然とも言える疑問に俺は何も言えなかった。
「それを言うなら何で海は“蠍”を半殺しにしたんだよ?いくらアイツでも何かしらの理由がない限りそこまで無茶しねぇだろう?」
答えられなかった。
「きっかけは1ヶ月前の入学式です。その日を境に“蠍”は日下部を狙うようになりましたから」
「入学式?」
「そこで何があったんですか?」
桃と駿河が知らないのも無理はない。
入学式の出席者は新入生である1年とその保護者、教師、来賓、そして…。
「尚哉」
「……何?」
「本当に心当たりはないんだな?」
「だから言ったじゃん、全然ないって」
「隣にいたのにか?」
「ない」
風鳴は新入生として入学式に参列していた。
頼稀が執拗に聴取するのは当然だ。
「へぇ…、海ちゃんの隣にいたんだ〜」
「……それが何?」
「隣にいたくせになーんにも知らないなんて本当使えないね、お前」
「、」
「あれ、否定しないんだ?」
「も、桃くん…」
「まあ否定出来るわけないか。だって本当のことだもんね」
「桃」
「もうすーちゃんもヒーくんも優しいな。でも本当のことじゃん。一丁前に海ちゃんの彼氏面してるくせに肝心なことはなーんにも見てない、聞いてない、知らない、分からないなんて本当使えない以外の何者でもな…「あれはっ!!」
途端、風鳴の大きな声が桃の言葉を遮った。
「あれは、本当に突然だったんだよ…」
悲痛で切ない声が必死に自分自身に言い聞かせる。
「だから、俺も全然対処出来なくて…。海のことも止められなくて…」
「………」
風鳴に心当たりがないのは本当だろう。
でも分からないからこそ、無力だからこそ、不甲斐ない自分がどうしようもなく嫌になる時がある。
そんな風鳴の心境が手に取るように分かるのは俺も風鳴と同じだからだ。
「冠葉さん、貴方はどうですか?」
全員の視線が一斉に集中する。
「……どうもこうもない」
頼稀が俺に訝るような視線を向けるのは俺が入学式に参列していたからだ。
「知りたいのは俺の方だ」
南城の生徒会長として。