豹変年下オオカミ君の恋愛包囲網
 奴の雰囲気に飲まれ、後ずさった私の背が壁にぶつかる。
 逃げ場のない状況に早鐘を打つ心臓の音が頭の中でガンガンと鳴り響き、いつの間にか目の前に迫った奴の腕に囚われていた。

「しゃ、社内ではしないって約束は!!」
「ふふっ、何? 期待してんの? 俺、別に何も言ってないけど」

 揶揄われたの?
 クツクツと目の前で笑う奴の顔を引っ叩きたくなるが、拳を握りグッと堪える。
 怒りに任せて手を出したら、奴の思う壺だ。
 冷静に冷静に……

「橘君、話がないなら帰ってもいいかしら? 私、疲れているの。一日、大忙しだったのよ。お子様の遊びに付き合えるほどの体力は残っていないわ」

 目の前で笑う奴の瞳を見据え言ってやる。

「さっさと退いてくれるかしら?」
「本当、可愛くない。その言葉がどれだけ男の欲を煽るか分かって言ってんなら、アンタはとんだ悪女だ」
「えっ!? 何言って……」
「……無自覚かよ。はぁぁ……、なんか冷めたわ。じゃ、また」

 離れていく熱に、虚をつかれ呆然と立ちつくす。『バタン』と扉が閉まる音に、我に返ると真っ暗な部屋に一人取り残されていた。
 何だったのよぉ……
 結局、奴は何をしたかったのだろうか?
 奴の意味不明な行動に振り回され苦い想いだけが胸に残る。
 
「所詮、私は暇潰しのおもちゃ」

 真っ暗な部屋に一人、壁に寄り掛かり深いため息を溢す。ポケットで震えるバイブ音にスマホを取り出し画面を確認すれば眉間に皺がよる。
『今度の日曜日、デートしよ❤︎ 拒否権なしだからな』
 最後に必ず入る脅しに苦笑が漏れる。
 今さらデートって、いったい何を企んでいるのやら。
 深い深いため息を吐き出し、真っ暗な部屋を後にした。
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