豹変年下オオカミ君の恋愛包囲網
「逃げずにちゃんと来たね。まぁ、自分の立場をよく理解している鈴香が逃げるわけないよね」

 スマホを手に持ち、真っ黒な画面をこちらに見せ振る奴に殺意を覚える。

「社内では仕事以外で接触しないって約束はどうしたのよ!」
「あぁ、あれ。就業時間外は別でしょ。それとも不特定多数が見ている会社の近くのレストランが良かった? あっという間に噂が広がると思うけど。橘君と冬野さんが付き合ってるらしいよってね。それでも良かったの?」

 あぁぁ、揚げ足取りやがって!
 呼び出された会議室に入ると、照明を落とした室内の窓に背をつけ、こちらを見据える奴が待っていた。

「それより鍵かけないの? いつ誰が入って来るか分からないけど……。俺は別に構わないけどね。鈴香との関係がバレても」

 ゆっくり近づいて来た奴を見て後退るも、直ぐに腕の中に捕らわれてしまう。

「ちょっ、離し……」

 距離を取るため突っぱねた手を掴まれ、離れた分だけ引き寄せられ、唇が重なる。スルッと入ってきた舌に舌を絡められキスが深くなっていく。
 静かな部屋に響く淫靡な音に落ちかけた意識が、奴の言葉で一気に浮上する。

「こんなところ見られたら言い訳も出来なくなるねぇ」

 窓から差し込む夕陽を背に、奴の綺麗な顔が歪む。まるで、弱った獲物をいたぶり、楽しんでいるかのような醜悪な笑みが心に突き刺さる。
 私の存在は退屈を紛らわせるおもちゃと一緒。
 得体の知れない悲しみが一瞬過り、ドキリっと心臓を震わせた。

「離してよ!!」

 パッと離れた拘束に、何故か心が軋む。そんな意味不明な感情に気づかない振りをし、踵《きびす》を返す。
 カチャっと、鍵を回す音が妙に頭に響き落ち着かない。

「用って何?」
「彼氏に向かって素っ気ないんじゃない」
「彼氏って……、脅されてなきゃ、誰がお前の彼女になんかなるモノですか」
「ははっ。まぁ、いいや。それよりも俺からの連絡がなくて寂しかった? 流石にここのところ忙しくてさ、連絡する余裕もなかった。やっぱりアンタ凄いよ。仕事の幅広すぎだろ。近藤さんも出来る方なんだろうけど、アンタと比べちゃうとさ雲泥の差だよ」

 まぁ、働き出して二年の子と一緒にされても困るのだが、私に対する奴からの好評価に内心驚いていた。どこまでも性格捻くれたクズ男かと思っていたが、そうでもないようだ。
 案外素直なところもあるのね。
 気恥ずかしいような、こそばゆいような感覚に襲われ背中がムズムズする。

「そんな事、どうだっていいわ。それより呼び出した理由は何よ」
「そう焦るなって。せっかく久々に二人きりになれたんだし、部屋に鍵もかかってる事だしさぁ。ねぇ……、子供じゃないんだから、分かるよね?」
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