豹変年下オオカミ君の恋愛包囲網
 夕闇に落ちた部屋の中、目が覚めた。数時間前よりは熱も下がり、頭痛も軽くなっている。じっとりとかいた汗が気持ち悪くてベッドから起き上がった。
 何時だろう?
 カーテンの隙間から覗く外の景色は真っ暗だ。急な喉の渇きに襲われ、チェストに置かれたペットボトルを掴む。
 橘が置いてくれたのかな?
 日中には気づかなかったペットボトルの存在にも彼の優しさに触れるようで、ポッと心が温かくなった。
 そろそろと立ち上がると多少フラつきはあるものの歩ける。扉に近づきドアノブを回し廊下に出ると思わぬ明るさに目がチカチカした。リビングと思しき扉をノックすると、中からバタバタと足音が聞こえ、直ぐに扉が内から開かれた。

「大丈夫かよ?」

 見上げた先に予想通りの人物を認め安堵する。
 帰宅したばかりなのかネクタイを外しただけのワイシャツにスラックス姿で、エプロンをしている。

「夕飯作っていたの?」
「あぁ。卵がゆ作ってた。そんなことより熱は?」

 急に伸びて来た手に額を覆われ、心臓が高鳴る。

「熱は下がったみたいだな。気持ち悪かったりないか? もし、食べられそうなら何か食べた方がいい。昨日の昼もほとんど食べていなかっただろ。もうすぐお粥出来るけど食べられそう?」

 言葉の節々に散りばめられた優しい言葉が心を温めてくれる。

「食べられると思う」
「そっか。良かった」

 安堵の表情を浮かべ、ホッと息をつき目を細めて笑う、彼のそんな自然な表情に目を丸くする。
 あんな笑い方もするのね……
 皮肉に満ちたニヒルな笑みではない、自然な笑顔の破壊力は想像以上だった。
 熱は下がったはずなのに、頬がボボっと熱を持ち頭までポワンとしてくる。当たり前のように繋がれた手をジッと見つめていれば、優しく手を引かれリビングへと誘導されていた。
 そう言えば、私昨日の服のまま。
 仕事着のまま、他人様のベッドを占領していた事に今気づき内心焦る。汗もたくさんかいたし、きっと服も汚れている。今の状態があまりに酷すぎて、彼の家にいることでさえ申し訳なくなった。

「ねぇ。橘君……、残した仕事片付けてくれて本当にありがとう。あのまま終わらなかったら大変な事になっていた」
「いいや。責任の一端は俺にもあるし。それに、紙資料もきちんと区分けされていたからデータに書き出すだけだったし、何とかなったよ。データは確認してくれた?」
「えぇ。完璧な仕上がりに驚いたわ。新人の頃から完璧だったけど、さらに磨きが掛かってた。ただ、気を失ったと言っても、全てを任せてしまってごめんなさい。何から何まで、本当にありがとう。徹夜で仕上げてくれたんでしょ? あの量だもの、大変だったのは分かる。ごめんね。私のミスの尻拭いさせちゃって」
「いいや。俺が全て悪い。鈴香を追いつめた俺が……」

 それっきり一言も話さなくなった彼が俯《うつむ》き、静かな時間だけが流れていく。

「体調も落ち着いたし、これ以上迷惑かけられないし帰るね。このお礼は後日必ずするから」

 重苦しい沈黙に耐えきれず繋がれていた手を引くと、反対に強く握られていた。まるで、離さないとでも言うように手を引かれ、彼の腕の中に収まってしまう。
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