大嫌いなパイロットとのお見合いはお断りしたはずですが
 管制から再度の着陸許可が下り、朋也は気を引きしめる。
 エアプラス社のボーイング737は誘導路灯にいざなわれ、夜の闇を滑るように高度を下げていく。

「AIRPLUS 031. Contact Tokyo ground」

 大半の客がいつ接地したのかも気づかないほど滑らかに着陸すると、タワー管制からグランド管制に引き継がれた。
 いかに振動を感じさせずに着地させるかは、朋也がひそかにこだわっている点でもある。
 誘導路を進めば駐機スポットに停まるだけだ。
 管制からの「お疲れさまでした」の声を耳に心地よく聞いて通信を切る。
 客室では女性CAが機内アナウンスを行い「ご搭乗ありがとうございました」と締めくくっていた。

「お見事でした。沖形君のフライトでは、僕も気楽に過ごせるのでありがたいです。沖形君の性格が表れていますね。決して感情を乱しませんし、常に冷静。パイロットの鑑です。ただ僕個人の見解としては、せめてプライベート……そうですね、特に女性関係では一度くらい、沖形君が痛い目に遭うところを見てみたいものです。泣きべそをかいてくださるとなおいいですね」

 ていねいな口調で、なかなか辛辣な冗談を言う。名取のこういうところも、朋也は嫌いではない。
 だが、名取の言う場面を想像して朋也は首を横に振った。

「ご要望に添う機会はなさそうです」
「まったく、残念です」

 さほど残念でもなさそうに笑って、名取が降機の支度をする。名取に続いて降機した朋也は、煌々と明るい駐機スポットから空を見あげた。
 台風の季節が終わったあとの澄んだ空気のおかげで、この時期は空が高く見える。心なしか青さも増すのではないか。
 その中を飛んできたのだと思うと、心地よい満足感に包まれる。
 頬を撫でる風にまじった燃料の匂いが、鼻をついた。入社して七年、今ではすっかり肌に馴染んだ匂い。
 かたわらには、白地に赤で自社のロゴが描かれた、巨大な機体が羽根を休めている。

(俺は、この大きな鳥を飛ばすだけ)

 機体と一心同体になり、いかに悠々と飛び立ち滑らかに着陸するか。
 どれだけ究めても終わりのない探求だと思っている。だからこそ面白い。いつか叶える夢のためにも、操縦技術を磨き続ける。
 だからそれ以外のことには、実をいうと興味がなかった。

 このときはまだ、なによりも「美しい空」と出会う未来を知らなかったから。
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