もう一度 恋をするなら
「間男なんかじゃないわ!」
「まだ言うか、この……!」
「お、お父さんやめて! これ以上大きな声出したら警察沙汰になっちゃう!」
もしかしたら、いっそのことその方がよかったのかもしれないが、この時の私はもうこれ以上怖いことが起こらないようにと必死だったのだ。
とにかくまた父が母を殴らないように、父に言われた通りに荷物をまとめる。といっても気が動転して、何を入れたらいいのかわからない。
父は母の服を適当に鷲掴みにしてバッグに放り込み、母の手を引っ張って貴重品の在り処を聞いている。それを見て、私もとりあえず制服と私服を数枚だけバッグに入れた。しわになるけど、仕方がない。
バッグを手に再び散らばる写真を見つめる。どれもこれも、母はうれしそうな顔で写っている。それを見て、嫌な予感が当たったのだと思った。ずっと不安定だった母が、ここ二年ほどは比較的落ち着いていた。ただ、弓木くんのお父さんと廊下なんかで偶然会った時に、やたらとうれしそうだったのを覚えている。なんとなくその表情が嫌に感じて、あまり考えないようにしていた。
――まさか、ほんとに、お母さんと弓木くんのお父さんが?
さっきの写真は、ホテルに入るところのような決定的なものはなかった。だけど母の表情は〝女〟の顔だと感じた。私が嫌だと思った表情だった。
途端に胸に湧き上がったのは、弓木くんのお父さんへの申し訳なさだ。本当に父の言うような不倫関係なのかわからないけど、きっと母の不安定さに巻き込まれたのだと思った。
「……そうだ、弓木くん」
弓木くんに謝らなくては申し訳ないと思って、やっと、今日の約束のことを思い出す。謝らなくちゃいけないし、今日の約束ももう守れないことを伝えなくてはと思ったのに、スマホがどこにいったのかわからなかった。
帰ってきてすぐの騒ぎで、スマホを床に落としたのを思い出したけれど、見渡しても見つからない。
「燈子、行くぞ」
「えっ? あ、でも」
「いいから早く来い」
どんと父が母の背中を押し出して玄関へと追いやると、今度は私の腕を掴む。有無を言わさぬ雰囲気に何も言えず、私と母は父の手で部屋から出された。
エレベーターで一階のロビーに下りて、父は正面玄関ではなく裏側の駐車場の方へと向かう。その時。
「今井さん?」
正面玄関に、スポーツバッグを手に制服姿の弓木くんが立っていた。驚いた顔で私をじっと見ているけれど、私は「ごめんなさい」と小さく呟くしかできなくて。
父に引っ張られて、車の中へと押し込められた。