もう一度 恋をするなら
 バレンタイン当日のことは、今はもう断片的な記憶になっている。気が動転して、お父さんが怖くて、お母さんの泣き叫ぶ声が頭に響いて、全部の感覚が私を責め立てていた。

「人のことは浮気だなんだと疑いまくってGPSまでつけさせやがって、その挙句にこれか!」
「お父さんやめて! もうやめて! お母さんケガしちゃう!」

 何があったのかは、状況から察するしかなかった。だけど信じられない気持ちだった。
 その日、朝からお母さんはとても上機嫌だった。私はチョコレート以外に小物のプレゼントもしようかと思いついて、午前中から出かけていて帰ってきたらすでにそこは修羅場になっていた。

 玄関口で揉めているお父さんとお母さん、それと隣の――弓木くんの、お父さん。弓木くんのお父さんはすでに殴られたあとらしく頬が腫れていて、そんな状態でお母さんの髪を引っ張るお父さんを宥めようとしていた。
 だけどそれは逆効果で。お父さんが怒鳴りながら、弓木くんのお父さんを玄関の外に追い出した。

「燈子ちゃん!」

 扉が閉まる寸前、弓木くんのお父さんが心配そうに私を見る。だけど結局、どうしようもなかった。
 弓木くんのお父さんがいなくなって、少しお父さんも落ち着いたのか荒い息遣いではあるが怒鳴り声はおさまった。お母さんは床にうずくまってまだ泣いている。

「燈子、荷物まとめろ」
「えっ?」
「こんなところに置いておけるか! へらへらしながら隣の間男に媚びへつらいやがって」

 忌々しげにお父さんが床に散らばった写真を見る。よくよく見ればそれはお母さんと弓木くんのお父さんの写真だった。ふたり仲良く買い物をしているところや、レストランで食事をしているところ。写真はいくつもあって、一度や二度のことではないことがすぐわかる。

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