[慶智の王子・西園寺京の物語]ラブストーリーは一夜の過ちから始まる〜アラフォー男と三十路女の拗らせ恋愛〜
第1章: ワンナイト、傷の舐め合い
真帆子
人の多さに、息が詰まりそう。
ミッドタウンの表通りは、相変わらず明るく、賑やかで、楽しげだ。平日の宵の口なのに、笑い声と香水の匂いが混じり合う。この街の時間と空気だけが淡々と流れている。
さっきまで、私はその中にいたはずなのに。
虚な目のまま、左手を見下ろした。そこにあるはずだったものが、ない。
指の付け根に、まだ残る圧迫感。よく見ると、皮膚が不自然に腫れ、赤く裂けた部分から、血がじわりと滲んでいた。拭っても止まりそうにない、嫌な出方だ。
無理に引き抜かれたせいだろう。指輪のあった場所だけが、取り残されたように熱を持っている。
バッグの中には、確か絆創膏があったはずなのに、それを探す気力すら、ない。
毎日つけていたせいか、外した直後なのに、まだ輪郭が残っている気がした。
……5年。
心の中で数字をなぞるだけで、胸の奥が鈍く痛んだ。長かったのか、短かったのか。そんなことは、どちらでもいい。
通りの向こう側で、誰かが写真を撮っている。恋人同士らしい二人が、画面を覗き込みながら笑っていた。
その光景は、今は無理だ。誰かの幸福を受け入れられる状態じゃない。
急に、その場に立っているのがつらくなった。誰かに見られているわけでもないのに、ここにいる自分が、場違いな存在みたいに感じてしまう。
何を言われたのか。
何を言ったのか。
どこで、どう間違えたのか。
考えようとすると、頭の中の情報がいっぱいで、うまく言葉にならない。
ただ一つ、はっきりしている。
もう、戻れない、ということだけ。
気づけば、足が勝手に動いていた。明るい表通りから、一本、脇へ。
人の流れが薄くなるにつれて、肩の力が、少しずつ抜けていく。ここなら、誰とも目を合わせずに済む。立ち止まっても、不自然じゃない。
私は逃げるように、裏通りの奥へと体が進んで行った。
ミッドタウンの表通りは、相変わらず明るく、賑やかで、楽しげだ。平日の宵の口なのに、笑い声と香水の匂いが混じり合う。この街の時間と空気だけが淡々と流れている。
さっきまで、私はその中にいたはずなのに。
虚な目のまま、左手を見下ろした。そこにあるはずだったものが、ない。
指の付け根に、まだ残る圧迫感。よく見ると、皮膚が不自然に腫れ、赤く裂けた部分から、血がじわりと滲んでいた。拭っても止まりそうにない、嫌な出方だ。
無理に引き抜かれたせいだろう。指輪のあった場所だけが、取り残されたように熱を持っている。
バッグの中には、確か絆創膏があったはずなのに、それを探す気力すら、ない。
毎日つけていたせいか、外した直後なのに、まだ輪郭が残っている気がした。
……5年。
心の中で数字をなぞるだけで、胸の奥が鈍く痛んだ。長かったのか、短かったのか。そんなことは、どちらでもいい。
通りの向こう側で、誰かが写真を撮っている。恋人同士らしい二人が、画面を覗き込みながら笑っていた。
その光景は、今は無理だ。誰かの幸福を受け入れられる状態じゃない。
急に、その場に立っているのがつらくなった。誰かに見られているわけでもないのに、ここにいる自分が、場違いな存在みたいに感じてしまう。
何を言われたのか。
何を言ったのか。
どこで、どう間違えたのか。
考えようとすると、頭の中の情報がいっぱいで、うまく言葉にならない。
ただ一つ、はっきりしている。
もう、戻れない、ということだけ。
気づけば、足が勝手に動いていた。明るい表通りから、一本、脇へ。
人の流れが薄くなるにつれて、肩の力が、少しずつ抜けていく。ここなら、誰とも目を合わせずに済む。立ち止まっても、不自然じゃない。
私は逃げるように、裏通りの奥へと体が進んで行った。
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