私は君が好きで、君は二次元の私に恋してる

第五話  『君と、雨の中で』

放課後を知らせるチャイムがなる。今日は部活がないので、早く帰れる。



 ある意味、良かったかもしれない。だって、今日から彼が私の家に来るから。彼に、学校からの自宅までの道を教えたりしないと行けないし、何よりも、合鍵を作ってないから、必然的に一緒に帰らなければならないのだ。



 窓ぎわの後ろの席から、彼の行動を監視する。相変わらず、女子生徒に囲まれている。スマホで、写真を撮っているようだった。



 私は彼女らにばれないように、きっとにらむ。もう、たくさんリュシアンを味わったじゃない。そろそろ、変わりなさいよ。



 私達は、今日から同棲するんだから。



「桃香―。怖いぞ、じゃあね。」



 莉々の背後からの言葉に、私ははっと我に返る。やだ。私に、そんなに怖かったかな。



 驚きのあまり、私はその場で固まり、彼女に手を振ることしかできなかった。



 こう見えて、元々受け身な性格なので、あの大勢を前にして、リュシアンに話しかけることが出来ない、勇気が出ないのだ。ただ、後ろで彼のことを見守っているだけ。あわよくば、彼の方から話しかけてくれないかな、などと、ご都合主義の事を考えている。



 でも、いつまでも、もじもじしていたら、彼女らにリュシアンを取られてしまう。時間ばかり過ぎていく。



 このままじゃ、だめだ。



 私は、息を大きく吸い、彼と気づかれようと、嘘を叫んだ。



「リュ、リュシアンくん、だよね? あ…職員室で担任が呼んでた! 至急だって!」



 思わず、私は彼との距離があるのに、彼に向かって叫んでいた。周りにばれないようにするためには、これしかないのだ。



 女子生徒は、私を異物を見るような目付きをし、その視線に私は、肩身が狭くなる。



 空気が重くなった私は、教室を後にし、彼が来るであろう、職員室に向かった。



 私が、職員室について、すぐ、彼が歩いてくるのが見えた。荷物をきちんと持ってきている。よかった、どうやら、作戦は成功したようだ。



 彼は、きつく締まったネクタイを少し緩めていた。



「だろうと思った。わかりやすい嘘過ぎる。あいつらがアホで助かったけどな。」

「もう、人のこと、アホって言わない。私の家は、しばらく道なりで、道路標識の所で左に曲がるから。覚えてよね。」



 人がいないか、しつこいくらいに、私は、辺りを見渡す。



「オレ様に命令すんな。下落庶民が。勘違いするなよ?」

「ほんとひどい。言葉遣い気をつけた方がいいよ。嫌われちゃうから、クラスメイトにも。」

「まあ、学校は良い子でいてやる。後々、面倒くさそうだからな。」



『学校は』このフレーズに思わず嬉しくなって、思わず笑みがこぼれる。だって、私だけには、リュシアンの素を見ることができる。それって、なんだけ特別扱いされているみたいで嬉しくなる。



 私が、いつもプレイしていた、乙女ゲームと一緒の展開? 



 それじゃあ、私はやっぱりいつか、彼と…。



「なにニヤニヤしてるんだ。アンタ、変に優しくすると、コロッと落ちるだろ。しぶとそうだからな。オレって、本当罪な男だわ。」

「誰がアンタなんかと。甘く見ないでよね。」



 ぐぬぬ、見抜かれてる。恥ずかしい。

 私は、照れ隠しの代わりに、強気な言葉を彼にぶつけておいた。



 下駄箱を出た私達は、どんよりとした空に不信感を覚える。朝より、明らかに天気が悪くなっているからだ。



 耳を澄まさなくても、自然とザーザーと雨が降っている音が聞こえ、鉛色の雲が空一面を覆い尽くしていた。



 もともと今日は、傘を持って来なかったのは分かっている。間違いなく、鞄の中には、折りたたみ傘は、はいっていない。それなのに、私はわざとらしく傘をごそごそと探そうとした。



「まじかあ。雨降っちゃったか….。今日急いで学校行ったから、あー困った、困った。」

「なに、アンタ。オレ様にアピールしてんの?」

「ええ!? 別に?」



 彼は、本当に私の心の中を読み取る。よほど、私は感情が顔に出やすいのだろうか。心臓がふわりと躍動感を覚え、鞄の中を探すスピードが遅くなり、それと同時に、冷や汗をかいた。



 そんな私の様子を見て、彼は首を傾げた。

 とぼけたような、無邪気な顔で。



「残念だな。オレもないぞ。アンタのとこから盗む訳にはいかないし。」

「えええ。嘘。どうしよう…。」



 パニックになる私を、彼は気に掛ける様子もなく、鞄を頭の上に持ち上げた。私の許可もなく、大雨の中、走り出す。



「道案内、するんだろ。」

「あ! 待って!」



 彼は本当に走るのが速い。私自身、中高と運動部に所属しており、走るのはそんなに苦手ではない。しかし、彼の運動神経は異次元級で、後を追いかけても、距離が離れるばかりだった。



 土砂降りの雨。時間が経つほど、どんどん暗い闇になっていく。視界がぼやけ、思わず、大きな水たまりを勢いよく踏んでしまう。



 靴下が少しずつ、湿り始めて不快感を覚える。

 彼は、私の家のルートが分からないくせに、私を置いて、先を走ってしまう。彼が前にいることを信じるしかない。



「アンタ、運動神経鈍い? 遅いんだけど。」



 声が近くなる。



 顔を上げると、目の前にリュシアンがいた。



 濡れた前髪が額に張りついて、頬を伝う雨粒が光っている。

 その姿に、思わず息をのむ。なにか、叫びたくなるほどに。

 いやいや、私ってば、なに惚れそうになってんの。



 こいつは、私に信じられないくらいの悪口を吐く、最低な男なんだから。



「リュシアンが速すぎるだけでしょ! ちょっとは合わせてよね!」

「合わせるわけないだろ。アンタが合わせろ。」



 すると、彼は私の手を取り、マッハ級で走り出した。

 彼の背中は広くて、大きくて。雨に濡れたワイシャツが、余計に彼の色気を漂わせる。



 もう、なんで。なんでなのよ。



 初めて、男の人と手を繋いだかもしれない。



 大きくて、指先一本一本、ゴツゴツしてて。



 こんなことで心がぐらぐらするなんて、悔しい。



 もう、私ってば、今日直接会ったばかりなのに、悔しい。私ばっかり、喜んだり、悲しんだり、感情がジェットコースターみたい。



 リュシアンは、こんなこと慣れっこなんだろうな。なんだか、乙女ゲーム内でも、女性をエスコートするシーンもあったから、余計に悲しい。



「ここか? ここを左だな?」

「あ…うん!」



 私の声は、雨音にかき消されそうだったけれど、それでも、彼には届いたようだった。



 手のぬくもりも、呼吸の荒さも、全部雨の中に溶けていく気がして、胸がいっぱいになる。



 認めたくないけど、彼のことで、頭がいっぱいだった。この悔しい感情も、雨と一緒に流して欲しいくらいに。



 私は、少し遅れて、大きく頷いた。



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