暁に星の花を束ねて
後日談☆ 同棲生活始めます篇─
溺愛の日々
春の午後。
窓の外では冬の名残をわずかに残した風が、街路樹の若葉を揺らしていた。
佐竹のマンション。
何度も繰り返した休日の終わりだった。
葵はいつものように畳んだカーディガンをトートに入れ玄関の方を見た、その時だった。
「星野葵。話がある」
呼び止める声は低く、いつもより硬い。
「はい、佐竹さん」
葵は素直に振り返り、促されるままリビングのソファにちょこんと座る。
その隣に佐竹が腰を下ろした。
距離はいつもと同じはずなのに、なぜか空気だけが、ぴんと張りつめている。
佐竹は、しばらく黙ったまま葵を見つめていた。
その表情は、理事会でも戦略会議でも見せたことのないものだった。
迷いと、緊張と、決意。
「どうしたんですか?」
葵が首をかしげると、佐竹は一度だけ、ゆっくり息を吸い咳払いした。
「星野葵……」
名前を呼ぶ声がやけに丁寧で、慎重だ。
「おれと一緒に、暮らしてもらえないだろうか」
一瞬、時間が止まった。
「……え?」
葵の大きな瞳が、ぱちぱちと瞬く。
佐竹は視線を逸らさず、続けた。
ほんのわずか、口元が緩む。
「……毎回、こうして帰る背中を見るのがな。
思っていたより、堪える」
葵の胸が、ドキンと高鳴った。
「おれは、CEOにはなったが……おまえと過ごす時間では、ただの男だ」
少し照れたように、しかし真剣に。
「朝も、夜も、休日も。帰る場所を同じにしたい」
空気が止まった。
「佐竹さん……」
葵は顔を真っ赤にして、震える声で聞き返した。
「わたしと……?」
佐竹は手を伸ばすと葵の手を包み込み、視線を逸らさずに続けた。
親指でその柔らかな下唇をゆっくりとなぞる。
その指先の熱に、葵の身体がびくりと跳ねた。
「投与のためでも、治療のためでもない。おまえがそばにいてくれると……おれは生きていると実感する」
「……佐竹さん」
「ひとりで帰るおまえを心配するのもいやだ。
夜、おまえが眠れているかどうか気にするのもいやだ。
朝、別々の場所から出社するのも……もう、いやなんだ」
いつもの無表情の奥に、隠しきれない熱が滲んでいた。
「だから星野葵。一緒に暮らしたい。おれの、そばにいてほしい」
葵は胸の中心がふわっと熱くなり、思わず目を潤ませた。
「……はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
涙ぐんだ葵が返事をした瞬間。
佐竹の腕が、強く、優しく葵を抱き寄せる。
「ありがとう」
夜景の光が二人を静かに照らしていた。
葵は膝の上で指を握りしめていた。
嬉しい。
でも、怖い。
自分が、あまりにも幸せになりすぎてしまう気がした。
「……わたしも」
声が、少し震える。
「本当は佐竹さんとずっと一緒にいたかったです。だから、嬉しい……」
言い終わる前に、佐竹の手が、そっと葵の指に重なった。
「おまえは、おれの支えだ」
葵の目に、じわりと涙が滲む。
そっと、葵を抱き寄せる。
強くない。
逃がさないためでもない。
ただ確かめるように。
春の光が、カーテン越しに二人を包んでいた。
これから始まるのは、戦略でも陰謀でもない。
同じ朝を迎え、
同じ夜に帰る。
ささやかで、かけがえのない日々――。