暁に星の花を束ねて
「上司様の厚意を足蹴にして逃げ回るとは……」

わずかに口角を上げ、冷ややかに続けた。

「なかなか根性も捻くれているようだ」

遠慮も配慮もない。

「ど、どうして……ここに……」
「おまえのような不器用な逃げ足、手に取るようにわかる」

云い終えたあとポケットから携帯端末を取り出し、ホログラフィック画面に素早く何かを確認する。

ごく自然な動作だが、それはまるでこの瞬間すら予定通りだと告げるかのようだった。

端末をしまうと今度はカップを取り上げる。

黒革の手袋越しに握られたそのカップは、妙に無機質に見えた。

その瞬間、葵の鼻先を微かな香りがかすめる。

(……? なんだろう、この匂い……?)

確かに焙煎豆の香りはする。

だがその奥にかすかに混じるのは、どこか冷たく金属的で、ほのかに薬品を思わせる匂いだった。

一般の人間なら気付かないだろう。
しかし、葵は昔から匂いに敏感だったのだ。

「それにな。昼飯くらいは落ち着いて食わせろ」

それだけのことだ、と言わんばかりにカップのコーヒーを一口。

だが明らかにその量はごく僅か。

まるで味わうためではなく、喉を湿らせるためだけの動作だった。

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