許しの花と愛のカタチ
エピローグ
さらに五年後。
週末の穏やかな午後。
緑豊かな庭を持つ一軒家のウッドデッキでは、碧葉と忍がコーヒーを飲みながら、芝生の上で無邪気に走り回る息子の姿を眺めていた。
あの壮絶な日々が嘘のように、穏やかな時間が流れている。
「桜介、転ぶなよー」
碧葉の穏やかな声が飛ぶ。三歳になる息子は、二人の愛情を一身に受けて、健やかに育っていた。
時折見せる真剣な眼差しは忍に、屈託のない笑顔は碧葉にそっくりだった。
「パパ、ママ。見てー!」
桜介が短い足で駆け寄り、その小さな手の中に何かを大事そうに握りしめていたものを見せる。
それは、庭の隅で誰にも気づかれずに凛と咲いていた、一輪の純白の白いバラだった。
「まあ、綺麗ね。桜介が見つけてくれたの?」
忍が微笑みながら屈むと、桜介は得意げに頷き、その花を母の手にそっと乗せた。
忍はそっとその花を受け取り、顔に近づける。
過去の痛み、罪、悲しみ、その全てを浄化し、許しを与えてくれるような、清らかな香りだった。
ふと、忍の脳裏に、かつて自分を苦しめた人々の顔が浮かんだ。
幸せな家庭を妬み、罪を犯した利己。
心無い言葉で自分を傷つけた見知らぬ人々。
そして何より、醜い傷跡に囚われ、幸せになることを自ら拒絶し続けてきた、過去の自分自身。
「…どうしたんだ、忍?」
黙り込んだ妻の様子に、碧葉が心配そうに隣に座り、その肩を優しく抱き寄せた。
忍は、碧葉の胸にそっと寄りかかり、小さな声で呟いた。
「…不思議ね。このお花を見ていると、なんだか、全部許せるような気がするの」
「許す…?」
「ええ」忍は白いバラを見つめながら、静かに続けた。「内金さんのことも。私を傷つけた人たちのことも。…そして、ずっと幸せになることを怖がっていた、昔の私のことも」
彼女の瞳は、穏やかな光に満ちていた。
「過去は変えられない。起きてしまったことは、決してなくならないわ。でも、これからは、その過去を憎むんじゃなくて、全部抱きしめて生きていける。そんな気がするの。あなたと、この子と一緒なら」
碧葉は、妻の言葉を黙って聞き、そしてより一層強く彼女を抱きしめた。
「そうか…。君は、本当に強くなったな」
「あなたのおかげよ」
忍は顔を上げ、碧葉の瞳をまっすぐに見つめた。
「あなたが、私の凍りついた心を溶かしてくれた。諦めかけていた人生に、光を灯してくれた。ありがとう、碧葉くん」
「俺の方こそ、ありがとうだ。忍、君と出会えて、俺は初めて生きていることを実感できたんだ」
二人が見つめ合うと、桜介が
「僕もー!」
と言いながら、二人の間に割り込んできてぎゅっと抱きついた。
小さな体温が、二人の心をさらに温かく満たしていく。
碧葉と忍は顔を見合わせ、幸せそうに笑った。
全てが許され、愛に満ちた未来が、ここにある。
長い、長い夜が明けた。緋色の記憶を乗り越え、二人が紡いだ尊い命の物語は、愛する息子が見つけてくれた一輪の白いバラのように、清らかな光の中で、永遠に続いていく。
END
週末の穏やかな午後。
緑豊かな庭を持つ一軒家のウッドデッキでは、碧葉と忍がコーヒーを飲みながら、芝生の上で無邪気に走り回る息子の姿を眺めていた。
あの壮絶な日々が嘘のように、穏やかな時間が流れている。
「桜介、転ぶなよー」
碧葉の穏やかな声が飛ぶ。三歳になる息子は、二人の愛情を一身に受けて、健やかに育っていた。
時折見せる真剣な眼差しは忍に、屈託のない笑顔は碧葉にそっくりだった。
「パパ、ママ。見てー!」
桜介が短い足で駆け寄り、その小さな手の中に何かを大事そうに握りしめていたものを見せる。
それは、庭の隅で誰にも気づかれずに凛と咲いていた、一輪の純白の白いバラだった。
「まあ、綺麗ね。桜介が見つけてくれたの?」
忍が微笑みながら屈むと、桜介は得意げに頷き、その花を母の手にそっと乗せた。
忍はそっとその花を受け取り、顔に近づける。
過去の痛み、罪、悲しみ、その全てを浄化し、許しを与えてくれるような、清らかな香りだった。
ふと、忍の脳裏に、かつて自分を苦しめた人々の顔が浮かんだ。
幸せな家庭を妬み、罪を犯した利己。
心無い言葉で自分を傷つけた見知らぬ人々。
そして何より、醜い傷跡に囚われ、幸せになることを自ら拒絶し続けてきた、過去の自分自身。
「…どうしたんだ、忍?」
黙り込んだ妻の様子に、碧葉が心配そうに隣に座り、その肩を優しく抱き寄せた。
忍は、碧葉の胸にそっと寄りかかり、小さな声で呟いた。
「…不思議ね。このお花を見ていると、なんだか、全部許せるような気がするの」
「許す…?」
「ええ」忍は白いバラを見つめながら、静かに続けた。「内金さんのことも。私を傷つけた人たちのことも。…そして、ずっと幸せになることを怖がっていた、昔の私のことも」
彼女の瞳は、穏やかな光に満ちていた。
「過去は変えられない。起きてしまったことは、決してなくならないわ。でも、これからは、その過去を憎むんじゃなくて、全部抱きしめて生きていける。そんな気がするの。あなたと、この子と一緒なら」
碧葉は、妻の言葉を黙って聞き、そしてより一層強く彼女を抱きしめた。
「そうか…。君は、本当に強くなったな」
「あなたのおかげよ」
忍は顔を上げ、碧葉の瞳をまっすぐに見つめた。
「あなたが、私の凍りついた心を溶かしてくれた。諦めかけていた人生に、光を灯してくれた。ありがとう、碧葉くん」
「俺の方こそ、ありがとうだ。忍、君と出会えて、俺は初めて生きていることを実感できたんだ」
二人が見つめ合うと、桜介が
「僕もー!」
と言いながら、二人の間に割り込んできてぎゅっと抱きついた。
小さな体温が、二人の心をさらに温かく満たしていく。
碧葉と忍は顔を見合わせ、幸せそうに笑った。
全てが許され、愛に満ちた未来が、ここにある。
長い、長い夜が明けた。緋色の記憶を乗り越え、二人が紡いだ尊い命の物語は、愛する息子が見つけてくれた一輪の白いバラのように、清らかな光の中で、永遠に続いていく。
END


