鬼縛る花嫁~虐げられ令嬢は罰した冷徹軍人に甘く激しく溺愛されるが、 帝都の闇は色濃く燃える~
鎖の儀(初夜)
立ち尽くしていた鎖子に、要が声をかけた。
「部屋へ行こう」
「は、はい」
長い廊下を歩く。
二人に用意された和室は広く、花も飾られ、夫婦になった二人を祝う内装だった。
しかし、要は祝われたくないのではないか……と鎖子は思う。
これが金剛の皮肉にすら思えてしまうのだ。
二人分の豪華な御膳が配置され、そして続き部屋には布団が用意されていた。
「式はともかく、下品な奴らの話に気分を悪くさせたな。すまない」
「いいえ、要様は何も悪くありません」
金剛勝時の傍若無人ぶりにも、叔父の不気味さにも驚いたが、要がしっかり守ってくれた。
それに昨夜は、どんな罪でも背負う覚悟で鎖子を助けに来てくれたのだ。
「守ってくださって、ありがとうございました」
「当然のことだ」
優しい……そう思ってしまう。
改めて、紋付袴姿の要を見ると、とても凛々しくて美丈夫で素敵で見惚れてしまう。
遠い存在に感じられて、この人が自分の夫だと思えない。
「疲れただろう。まずは座ろう」
「は、はい」
向かい合っての御膳。
打ち掛けと綿帽子を外して、座る。
「楽にして、好きに食べるといい」
「は、はい。いただきます」
とは言っても、豪華な食事を前にしても食欲は沸かない。
これから起きる事を思えば当然のことだ。
「これからの事なんだが……」
「はっはい」
「なにか特別な準備などはいるのか? 手伝いが必要ならば言ってくれ」
「いえ……お薬を飲むだけで……特に何もないのです」
先日聞いた叔母からの適当なだけ指導で、今回の儀式はおこなわれる。
薬はもう貰って、着物の胸元に入れてある。
必要なのは……鎖子の身体だけ。
抱かれれば、術は相手に自動的に発動される。
「そうか、わかった」
「はい」
沈黙が少し続く。
「……医者から聞いたが、栄養不足で血がたりないようだな」
「はい……すみません……」
「謝ることなどない。これからは、沢山食べてくれ」
「はい」
だけど緊張もあって、豪華な食事を前にしても箸が動かない。
「……お前、茶碗蒸しが好きだったよな。これならば今でも少し食べられるんじゃないか」
「えっ……あの……」
優しい言葉に驚いてしまう。
しかも、幼い頃に鎖子が話した話を覚えているのか。
「いただきます……」
無表情でも要の優しさに、じんわりと胸が熱くなった。
さじで掬って食べると、温かく優しい味わいで確かに美味しい。
「とても美味しいです」
「そうか……少しでも食べてくれ」
「はい。あの要様、お酒をおつぎしましょうか」
「自分でするから気にするな。少し飲ませてもらう」
「は、はい」
要は鎖子を、気遣っているようだった。
食事のあとに、おこなわれる『鎖の儀』
これから、要に抱かれる。
一体どうなってしまうのか、想像もつかない。
それから二人共、無言で食事を終えた。
「お薬を飲んで、お風呂で禊をしてきます」
「あぁ」
鎖子が風呂で禊を終えて浴衣に着替え、部屋に戻ると、飯の膳は女中によって片付けられていた。
要も同じ柄の浴衣に着替えている。
「鎖子」
「お、おまたせしました……」
畳に座って、頭を下げる。
「……俺はお前に今から、非道なことをする。すまない」
要も、鎖子に向き直って頭を下げた。
その行動に、鎖子は驚く。
「い……いえ! ……私のお役目ですので、気になさらないでください」
そういう鎖子は、どういう事をするのか詳しく知らない。
でも、何をされても……要が相手ならば、構わない……そう思って此処にいる。
「できる限りお前の苦痛がないようにしたい」
「……はい……」
「……想う男もいただろう……」
「そ、それは……あの……何も、本当に私のことなどお気になさらないでください……」
想う男……それは眼の前の男。
でも、そんな想いを伝えることはできない。
沈黙が二人を包む。
「私の方こそ、申し訳ありません……」
「鎖子が何故謝る」
「腐ったクサ子が……こんな私なんかが嫁入りして、力を減退されられる。……要様にとってお辛いことだと思います」
「そんなに自分を卑下するな。俺は辛くなどない。俺を労ることなどしなくてもいいんだ」
「でも……」
「これからよろしく頼む」
「……はい」
これから……夫婦としてのこれから?
それとも儀式……?
要はとても優しくて、二年前に嫌われてしまった事が嘘みたいに思える。
あの日の事をどう謝るべきなのか、ずっと考えていた。
でも、掘り返すことも怖くて言えずにいる。
「横になるか、疲れただろう」
「は、はい」
要が、少し微笑んだ。
それだけで、鎖子の心臓が高鳴る。
要が鎖子も立ち上がらせて、隣の部屋の布団へ座った。
「お互い、まずは楽にしよう」
「はい」
要が布団に寝転がる。
「鎖子も横になるといい」
「は、はい……失礼します……」
同じ布団で横になるなんて、恥ずかしくて鎖子は端っこに寝転んだ。
要の方を見ると、要も鎖子を見つめている。
優しい瞳に、胸が高鳴る。
「……今更なんだが……」
「はい」
「白無垢姿が、綺麗だった」
「あ、ありがとうございます……か、要様も……すごくお素敵でした……」
「ふ……ありがとう」
頬が熱くて、自分でも真っ赤になっているのがわかる。
目の前に、浴衣姿の要が寝転んでいるなんて。
何年も遠くに離れていた想い人が、今はこんなにも近くにいる。
そして優しく微笑んでくれている。
花嫁姿を褒めてくれるだなんて、嬉しくて、嬉しくて……。
夢の中にいる感覚だ。
「鎖子……」
「はい……要様」
見つめ合っていると、更に胸が高鳴った。
「もっと近くに来ないか」
要が、腕を開いて鎖子を招いた。
「は、はい……」
「おいで」
手を優しく引かれ、要の胸元に抱き寄せられた。
「要様……」
優しく抱き締められて、髪を撫でられる。
初めての経験で、心臓が激しく鼓動する。
力強い腕に、逞しい胸元が浴衣ごしでもわかった。
これが男の人……。
でも要に抱かれると、ドキドキしながらも鎖子は温かくて幸せを感じる。
「……怖いか? すまない……」
謝ることなんて、ないと鎖子は思った。
「……いいえ……私……すみません……」
幸せを感じてしまって、すみません。
そう思う。
好きでもない女を、罰として抱かせて、ごめんなさい。
貴方にも、想う女性がいたのでしょうか?
一人で幸せを感じて、ごめんなさい……。
「だから鎖子が謝ることなど、何もない……」
優しく抱きしめられて、頭を撫でられただけで、嫌悪どころか幸せがにじみ出る。
なんて淫らな女なのかと自分でも驚くけれど、抗えない。
でもずっと好きだった……貴方に触れられるなら、何も嫌じゃない。
こんなに、胸が高鳴って、身体がジーンと熱くなって……お腹の奥が疼いて熱くなる。
この感覚は一体なに……?
もっと、沢山ぬくもりを感じたい……。
初めての感覚が鎖子を包む。
「要様……」
要の腕のなか。
潤んだ瞳で、要を見上げた。
口には出せないけれど、貴方が好きです、と伝えわればいいと。
鎖子の紅色の唇が、艶めいた。
「鎖子……」
二人の視線が絡んで、優しく口づけされた。
初めての口づけ。
両親がいつも、交わしていた口づけ。
ただの唇の触れ合いが、こんなにも甘美なものだとは思わなかった。
何度も繰り返す優しい口づけが、お互いを求め合う口づけに、変化していく。
舌が絡むと、痺れるような快楽が鎖子を包んだ。
要の吐息も熱くなって、強く抱き締めたあとに、上になって鎖子を見下ろした。
「……優しくする」
紅い瞳は、鎖子だけを見ていた。
夢中で舌を絡めた恥ずかしさと興奮で、涙が出そうだった。
でも、もっとしてほしいと身体が言っている。
「……あっ……あの、私、何をしたらいいのか……わからなくって……」
「何もしなくていい。俺に任せてくれ……」
「は、はい……」
耳元で囁かれ、また口づけを交わして抱き締め合う。
要の優しく、優しく、情愛に溢れた愛撫。
驚くほどに、彼の思いやりが伝わってきた。
唇も、指先も……何もかもが優しくて……。
初めてなのに、激しい快感が鎖子を包む。
「要様……はぁっ……あっ……要様ぁ」
淫らな自分の声が信じられないのに、止まらない。
「鎖子……もう少しだけ……我慢してくれ」
我慢なんかじゃない。
嫌じゃない。
痛みだって嬉しい。
それどころか大好きな貴方に、もっともっと触れてほしい……。
もっともっと、してほしいと思ってしまう。
鎖子の身体は、要に触れられて、彼を求めて燃えて喜んで泣いているのがわかった。
無意識に鎖のオーラが現れて、二人に絡みついていく。
そして、鎖子の全身に巡る恐ろしい感覚。
喜び、泣いて、叫んで、彼を食べていくのは柳善縛家の血。
侵食されて、侵食する。
初めての快感に、戸惑い泣いて……彼を喰う。
要の強さを、鎖子が喰う。
「んっ……鎖子……」
「はぁっ……要様……っ」
「喰われる……俺はお前に縛られて、喰われるのか……」
「あぁ……っ要様っ……!」
残酷な罰。
彼の力を喰っていく。
憎まれる断罪。
それなのに甘美な快楽に包まれる。
抱かれに、抱かれ、鬼に抱かれて、鬼を喰い、鎖子は快楽の果てに気を失った。