夢のあと
彼女のそばにはもはや、僕も桜もおらず、ただ、思い出だけがあるように思えた。
「ふたりで暮らして恋をしましょうね、と。
だから私たち、何もありませんでした。夫婦らしいことは、何も」
何と言ったら良いものかわからなかった。額面通りに取れば、このひとと兄との間には、夫婦らしい睦みあいが何もなかったことになる。なぜ、それを僕に言うのか。
「真面目なひとでした。本当に真面目なひとだった。だから、
子どもをたすけて死んだんだわ」
深い悲しみが静かに押し寄せるように、ばあっと桜の花びらが舞った。薫ることがなくても、そこに有った。確かに有った。
「私たち、恋をしていたの」
薄紅色の悲しみが四月の清らかな青空を打った。
僕はそれを見ていた。夢のあとを見ていた。
2025.04.22
蒼井深可 Mika Aoi
「ふたりで暮らして恋をしましょうね、と。
だから私たち、何もありませんでした。夫婦らしいことは、何も」
何と言ったら良いものかわからなかった。額面通りに取れば、このひとと兄との間には、夫婦らしい睦みあいが何もなかったことになる。なぜ、それを僕に言うのか。
「真面目なひとでした。本当に真面目なひとだった。だから、
子どもをたすけて死んだんだわ」
深い悲しみが静かに押し寄せるように、ばあっと桜の花びらが舞った。薫ることがなくても、そこに有った。確かに有った。
「私たち、恋をしていたの」
薄紅色の悲しみが四月の清らかな青空を打った。
僕はそれを見ていた。夢のあとを見ていた。
2025.04.22
蒼井深可 Mika Aoi


