恋愛とは疎遠な、ただのバイトです
出会いは最悪です
「ありがとうございましたーっ!」
少し高い声が店内に響き渡り、言われたお客様はもちろん近くにいた人もどことなく笑みを浮かべる昼下がり。
私…こと、金丘澪(かなおか れい)が働いているコンビニはオフィス街と住宅街のちょうど中間地点にある。
「澪ちゃーん!休憩入って大丈夫よー!」
「あ!はぁい!ありがとうございます、休憩いただきます〜!」
店の制服を脱いでスマホと財布、小さいポーチを手に持ち出る。
コンビニの裏口から出て、昼でも少し薄暗い路地にしゃがみこみポーチから自分のタバコを取り出し、慣れた手付きで火をつけ煙を肺に取り込んだ。
「…ふぅ」
霧散していく煙を見つめながらスマホの新着通知を確認すると、今では交友のない同級生が結婚をしたと友達のSNSで知り自然とため息が漏れる
「恋愛かぁ…」
彼氏を作ろうと思ったことはある。
だけど、男が突きつけてくる女性像がどれも自分には当てはまらない感じがしていつの間にか疎遠になっていた
バイトで愛想は作れても、私生活ではそんなことしたくないし…きっとこのまま恋愛せずに生きていくんだろうなぁって漠然と考えている
「───ッ!」
「───」
(ん?なんか騒がしい?)
じゅ、とタバコを灰皿に押付けた時に通り側から男女らしい声が聞こえた気がしてそちらへ視線を向ければこちらに向かってくる足音と共に声が段々と大きくなってきた
「ねェ!なんで私じゃダメなの!!?」
「うるさ…そうやってヒスってる時点でムリ」
「はぁ!?」
(うわ…これ修羅場……)
グレーのYシャツに、黒のネクタイ、白いジャケットを羽織る男性は端正な顔立ちでZIPPOでタバコに火をつけながら歩いており、その後ろを赤く体のラインがくっきりと出た短いワンピースを着てメイクもバッチリ決めた女性が怒りながらついて歩いている。
私の方に来る2人に狭い路地でかち合わないのは難しいが故に2人が去るまでバックルームに逃げるしかないと立ち上がった時、ふと視線をあげた男性と目が合ってしまった。
「…!」
「はぁ、お前なんかに言うつもり微塵もなかったけど…オレこの子に夢中だから♡」
私との間を詰める大きな一歩を踏み出したかと思えば、ガバッと肩を抱かれ女性と対峙せられる
急な展開に思考が追いつかずに言葉が出ない
「!?」
「な…っ!?そんな芋臭い女のなにがいいのよ!!」
「お前みたいにケバい見た目でクソみたいな性格じゃねえからって、僻むなよ。つーことで、次オレの目の前に現れたら……」
私が巻き込まれてる状況が呑み込めず目の前で展開されていく言い争いに、抱かれた肩は解放されるどころか少し力を入れられ【逃げるな】と暗に言われてるようだった
「ふ、ふん…!そんな芋臭女が好きな奴なんかコッチから願い下げよ!」
「おーおー、さっさと消えろ」
ようやく決着がついたのか、女性が怒りを宿した目で私を睨みつけた後に踵を返して去っていく。
早く解放して欲しい私は顔を上げて男を睨むと、視線に気付いたらしい男は私の睨みをものともせず貼り付けたような笑みを浮かべた
「いやぁ、ああいうヒスってる女ほどめんどーなモノってないよなぁ?」
「……知りませんけど、早く離してください」
「え〜?オレが夢中なのはキミだけって聞こえなかった?」
「その場しのぎの嘘なんて聞くだけ無駄なんで。」
肩を抱く手から逃れるために男の体を力いっぱい押してもビクともしない力の入れられ方にイライラとし始めた時、耳元で囁かれた低い声
「キミとは別に初対面ってワケじゃないんだけどなぁ…金丘チャン?」
「っ…!なんなんですか…!」
「ひっでぇ…常連って言われるくらいには通ってるつもりなんだけど」
常連という言葉に、バイト先であるコンビニを思い浮かべ改めて男の顔を見あげてみると、特徴的な左目下の2つ縦に並ぶホクロに見覚えが確かにあった。
「…セブンスターボックスの人…?」
「あーたり♡」
いつも私の働く時間帯にタバコのセブンスターボックスだけを買っていく常連の男の人。
その人も特徴的なホクロがあり、覚えやすかったはずだが…こんなに軽薄そうな見た目だっただろうか?
記憶の中ではシンプルな服装に黒縁のメガネをかけて黒のマスクが似合う今どきっぽい男性だった気がする…。
「今日は、この後着替えて金丘チャンに会いに行こうと思ってたのにさァ。彼女面したさっきのヒス女が鬱陶しく付いてきて…まぁじで腹たってたんだよね」
「…じょ、常連さんであっても…こんな事に巻き込むのはどうかと思います…!」
「いやぁ、それはマジごめんね?オレとしても金丘チャンはもっとじっくり口説いていきたかったんだけどさぁ」
「知りません…!離してください…!」
「照れなくて良いのに♡」
この人…話が通じない…っ!!
バイト先では買い物をするだけでそれ以上の会話もなくよく来るだけの人だったのに、こんな人だったなんて…。
どうやってこの場から逃げれるのかをぐるぐる考えてるとぐっと近付いた顔にびっくりして固まるとふいに感じた唇への柔らかい感触
「あは♡固まってるのかわいくてついキスしちゃった♡」
「~~~っ!最低!!」
頭で何が起きたか整理する前に男から発せられた言葉に怒りか恥ずかしさかわからない感情で顔が赤くなる
それを相手はきっと都合のいい方に解釈したのか、1度目を丸くしてからにんまりと口に弧を描いた
「ほんっとかわい〜♡」
バチン!!
本当に反射的に私の右手が男の頬を叩く乾いた音にびっくりした相手、今だと思い切り体を押せば緩んだ腕から抜け出した私は裏口から店内に逃げ込んだ
「……あーぁ、逃げちゃった♡」
「はぁ、はぁ…っ!なんなの…アイツ…!」
入ってこないようにと裏口のドアを全力で押さえつつ未だに残る唇の感触を拭うように手で口元を何度も擦る
「あら?澪ちゃんもう戻ったの?」
「店長…私今日厄日です…」
なんの事かわからない店長は頭にハテナを浮かべながらも、まだ残っている休憩時間はゆっくりするようにと告げて仕事に戻っていく
バックルームにある椅子に力なく座り今しがた体験した理不尽な出来事は、混乱の次に怒りを私にもたらす。
(なんでバイトしてただけで、こんな目に遭わなきゃいけないのよ…!意味わかんない!!)
ファーストキスとまではいかなくても、キスや恋事は久しぶりだった私はイライラを嚥下するために買ってあった珈琲を一気に飲む
その後休憩時間を終え、切り替えなきゃと制服を着てレジに立った瞬間にさっきとなにも変わらない服装で男がやってきた
「さっきぶりだね♡」
「………」
「そういや、オレの名前言ってなかったなって思ってタバコも欲しいし、金丘チャンに会いたいし来ちゃった」
「……600円です」
「あ、今日は2箱で♡」
「1200円です」
「オレはね、傘館湊斗(さんだて みなと)」
「お支払いは現金ですね」
「今日も18時上がりだよね?また後で来るね♡」
「一生来なくて良いです。さっさと帰ってください。」
お金をゆっくりとした仕草で出しながら会話のキャッチボールを全て拒否してるのに一方的に繰り広げられる言葉と情報にしっしっと手を振れば、軽やかに手を振り返された
「あらぁ…熱狂的ね…」
「…店長…出禁ってないんですか…」
「うーん…澪ちゃんに何かあったら怖いもんね…」
(もう既にありました……)
店長は一先ず何かあったらすぐに言ってねと残し、品出しへと行った
今日ほどに退勤したくないと思ったことがこれまであったかと現実逃避するも、時間は残酷にも退勤の18時になってしまう
「……居ない、よね?」
裏口を少し開けて辺りを確認すると、人気のないいつもの裏路地に安心からホッと息をつく
裏路地から表通りへと出て歩を進めていると、後ろから近付く足音に気付いてしまう。
(……いやいや、多分普通に歩いてるだけの人だよね)
表通りはこの時間帰宅急ぐ人達で多いし、きっと出待ち宣言したあの男では無いと自分に言い聞かし歩みを緩めずに無視をすることにした
コツコツコツ
…コツ、コツ、コツ
私の足音とズレて聞こえる足音に言い知れぬ不信感を抱くも、振り返ればあの男が飄々と立っていそうな気がして無意識に早足になるけどそれでも足音はきちんと1拍ズレて聞こえてきていい加減にしてと怒鳴ろうと振り返った
「…えっ?」
「ああ…やっとコッチを見てくれた」
振り返った先に居たのは昼間の男ではなくて、目深にフードを被った見知らぬ男性。
怒鳴ろってやろうと開いた口から漏れた情けない声を気にする素振りなく距離を詰めてくる男性に頭の中では警笛が鳴り響くも予想外の事態に体はなかなか動かなかった
「金丘さんをずっと見てたのに、今日…知らない男に言い寄られてたから俺心配で心配で…でもやっぱり金丘さんは俺だけだよね…」
「…だ、れですか…」
「そんな他人行儀にしなくても良いんだよ?変な男に絡まれて怖かったよね、大丈夫だよ俺がついてるからね」
なんで今日はこんなに話の通じない人ばっかりと出逢うんだろう…。
そんな考えも目の前でにたりと笑う男性の気味悪さに塗り替えられようやく動いた体は、少し後退りをした程度
「やっぱり金丘さんは素敵だから無意識にでも男を寄せ付けるんだね…ほら、一緒に帰ろうね」
数歩先まで近付いた男が腕を伸ばしてきたことに恐怖心が一気に増し逃げようと背を向けるも体格差からか走り出す前に掴まれた鞄
「っ…いや…!」
目を瞑って上げた悲鳴は助けを求めるにはあまりにもか細過ぎた
その時、ぐっと鞄を引かれた男性の方ではなく反対側に体を引かれたと思ったら後ろからぐぇ。と蛙のような声とドサッと重いモノが地面に当たる音がする
「なにオレの金丘チャン怖がらせてんだよ」
「は…」
何が起きたか分からず開けた視界には昼に見た男が、私を抱き締め無駄に長そうな片足が地面におろされる場面が映った
「 お、お前…!金丘さんに言いよってた…!」
「お前みたいにコソコソつけたりするストーカー野郎より正面アプローチしてただけだろーがよ」
「っ、俺はストーカーじゃない!!」
「へぇ?あっそう?まあ何でもいいけどさ。今すぐ消えないと……殺すぞ?」
引き攣ったような声とともに悔しそうに舌打ちして去っていく足音が聞こえた
足音が完全に聞こえなくなった瞬間に私の体から力が一気に抜けるも、力強く抱き締めている男に支えられ地面への着地は回避された
「金丘チャン大丈夫?」
「な…なんだったの…」
「アイツ、ちょっと前から金丘チャンの周りウロついてたんだよ?最近は特に目に余るから近々なんか仕出かしそ~だなって思って。」
「……は?」
私の周りを彷徨いてたってのも気になるけど、なんでそれを目の前の男が把握してるのかも謎でしかなく思わず素っ頓狂な声が漏れた
男性が去った方を睨んでいた目が私に向けられた時に冷たさの残ってた表情から、心配と安堵の感情ともとれる表情に変わったのを見て昼間の出来事は一度見逃してあげる気になってしまう
「……助けて、くれてありがとうございます…」
「ふふ、どーいたしまして♡でもマジで…金丘チャンに何もなくて良かったー……」
既に力強さを感じていた腕に、より力が加わりぎゅーっと抱き締められ肩口に男の髪が当たって擽ったい。
息苦しさを感じつつもどこか安心する温もりに文句も出てこずされるがままでいる
「ちょっと仕事が長引いたから急いでコンビニ行ったけど、金丘チャンもう居なかったからめっちゃ走った」
「いや…昼のことがあって待つわけないじゃないですか…あの時点では完全に印象も全部最悪でしたよ…」
徐々に抜けた力が戻ってきて、自力で立てるようになったので昼のように男の体を押したら今度はすんなりと解放をしてくれた
「ヒス女は完全に誤算だけど、キスに関してはマジで金丘チャンが可愛すぎた事故だよ?」
「あんな故意的な事故あってたまるもんか!」
「……良かった、調子戻ってきたね」
「う……」
本当に、気が抜けたように笑うから毒気が抜かれる
気を取り直して鞄を持ち直し一度深呼吸をしてからぺこりと男に向かって頭を下げる
「…改めて助けてくれてありがとうございました」
「助けたお礼に連絡先交換しない?またあんなの来たら追い払うよ♡」
「…………変な連絡とかしないなら…」
「やった♡」
お互いに取り出したスマホ、新しく追加されたLIMEには傘館湊斗とフルネームで書かれていて、即座によろしくね♡とメッセージが飛んできた
「今日はこのまま送るよ。アイツもう居ないとは思うけどウロついてたら怖いでしょ?」
「……傘館さんに家を知られるのも怖いんですけど…」
「あ、家はもう知ってるから大丈夫だよ」
「なんで…!」
「オレ仕事柄知らない事少なくて♡」
傘館さんはきっとろくでもない人に違いない。
少し高い声が店内に響き渡り、言われたお客様はもちろん近くにいた人もどことなく笑みを浮かべる昼下がり。
私…こと、金丘澪(かなおか れい)が働いているコンビニはオフィス街と住宅街のちょうど中間地点にある。
「澪ちゃーん!休憩入って大丈夫よー!」
「あ!はぁい!ありがとうございます、休憩いただきます〜!」
店の制服を脱いでスマホと財布、小さいポーチを手に持ち出る。
コンビニの裏口から出て、昼でも少し薄暗い路地にしゃがみこみポーチから自分のタバコを取り出し、慣れた手付きで火をつけ煙を肺に取り込んだ。
「…ふぅ」
霧散していく煙を見つめながらスマホの新着通知を確認すると、今では交友のない同級生が結婚をしたと友達のSNSで知り自然とため息が漏れる
「恋愛かぁ…」
彼氏を作ろうと思ったことはある。
だけど、男が突きつけてくる女性像がどれも自分には当てはまらない感じがしていつの間にか疎遠になっていた
バイトで愛想は作れても、私生活ではそんなことしたくないし…きっとこのまま恋愛せずに生きていくんだろうなぁって漠然と考えている
「───ッ!」
「───」
(ん?なんか騒がしい?)
じゅ、とタバコを灰皿に押付けた時に通り側から男女らしい声が聞こえた気がしてそちらへ視線を向ければこちらに向かってくる足音と共に声が段々と大きくなってきた
「ねェ!なんで私じゃダメなの!!?」
「うるさ…そうやってヒスってる時点でムリ」
「はぁ!?」
(うわ…これ修羅場……)
グレーのYシャツに、黒のネクタイ、白いジャケットを羽織る男性は端正な顔立ちでZIPPOでタバコに火をつけながら歩いており、その後ろを赤く体のラインがくっきりと出た短いワンピースを着てメイクもバッチリ決めた女性が怒りながらついて歩いている。
私の方に来る2人に狭い路地でかち合わないのは難しいが故に2人が去るまでバックルームに逃げるしかないと立ち上がった時、ふと視線をあげた男性と目が合ってしまった。
「…!」
「はぁ、お前なんかに言うつもり微塵もなかったけど…オレこの子に夢中だから♡」
私との間を詰める大きな一歩を踏み出したかと思えば、ガバッと肩を抱かれ女性と対峙せられる
急な展開に思考が追いつかずに言葉が出ない
「!?」
「な…っ!?そんな芋臭い女のなにがいいのよ!!」
「お前みたいにケバい見た目でクソみたいな性格じゃねえからって、僻むなよ。つーことで、次オレの目の前に現れたら……」
私が巻き込まれてる状況が呑み込めず目の前で展開されていく言い争いに、抱かれた肩は解放されるどころか少し力を入れられ【逃げるな】と暗に言われてるようだった
「ふ、ふん…!そんな芋臭女が好きな奴なんかコッチから願い下げよ!」
「おーおー、さっさと消えろ」
ようやく決着がついたのか、女性が怒りを宿した目で私を睨みつけた後に踵を返して去っていく。
早く解放して欲しい私は顔を上げて男を睨むと、視線に気付いたらしい男は私の睨みをものともせず貼り付けたような笑みを浮かべた
「いやぁ、ああいうヒスってる女ほどめんどーなモノってないよなぁ?」
「……知りませんけど、早く離してください」
「え〜?オレが夢中なのはキミだけって聞こえなかった?」
「その場しのぎの嘘なんて聞くだけ無駄なんで。」
肩を抱く手から逃れるために男の体を力いっぱい押してもビクともしない力の入れられ方にイライラとし始めた時、耳元で囁かれた低い声
「キミとは別に初対面ってワケじゃないんだけどなぁ…金丘チャン?」
「っ…!なんなんですか…!」
「ひっでぇ…常連って言われるくらいには通ってるつもりなんだけど」
常連という言葉に、バイト先であるコンビニを思い浮かべ改めて男の顔を見あげてみると、特徴的な左目下の2つ縦に並ぶホクロに見覚えが確かにあった。
「…セブンスターボックスの人…?」
「あーたり♡」
いつも私の働く時間帯にタバコのセブンスターボックスだけを買っていく常連の男の人。
その人も特徴的なホクロがあり、覚えやすかったはずだが…こんなに軽薄そうな見た目だっただろうか?
記憶の中ではシンプルな服装に黒縁のメガネをかけて黒のマスクが似合う今どきっぽい男性だった気がする…。
「今日は、この後着替えて金丘チャンに会いに行こうと思ってたのにさァ。彼女面したさっきのヒス女が鬱陶しく付いてきて…まぁじで腹たってたんだよね」
「…じょ、常連さんであっても…こんな事に巻き込むのはどうかと思います…!」
「いやぁ、それはマジごめんね?オレとしても金丘チャンはもっとじっくり口説いていきたかったんだけどさぁ」
「知りません…!離してください…!」
「照れなくて良いのに♡」
この人…話が通じない…っ!!
バイト先では買い物をするだけでそれ以上の会話もなくよく来るだけの人だったのに、こんな人だったなんて…。
どうやってこの場から逃げれるのかをぐるぐる考えてるとぐっと近付いた顔にびっくりして固まるとふいに感じた唇への柔らかい感触
「あは♡固まってるのかわいくてついキスしちゃった♡」
「~~~っ!最低!!」
頭で何が起きたか整理する前に男から発せられた言葉に怒りか恥ずかしさかわからない感情で顔が赤くなる
それを相手はきっと都合のいい方に解釈したのか、1度目を丸くしてからにんまりと口に弧を描いた
「ほんっとかわい〜♡」
バチン!!
本当に反射的に私の右手が男の頬を叩く乾いた音にびっくりした相手、今だと思い切り体を押せば緩んだ腕から抜け出した私は裏口から店内に逃げ込んだ
「……あーぁ、逃げちゃった♡」
「はぁ、はぁ…っ!なんなの…アイツ…!」
入ってこないようにと裏口のドアを全力で押さえつつ未だに残る唇の感触を拭うように手で口元を何度も擦る
「あら?澪ちゃんもう戻ったの?」
「店長…私今日厄日です…」
なんの事かわからない店長は頭にハテナを浮かべながらも、まだ残っている休憩時間はゆっくりするようにと告げて仕事に戻っていく
バックルームにある椅子に力なく座り今しがた体験した理不尽な出来事は、混乱の次に怒りを私にもたらす。
(なんでバイトしてただけで、こんな目に遭わなきゃいけないのよ…!意味わかんない!!)
ファーストキスとまではいかなくても、キスや恋事は久しぶりだった私はイライラを嚥下するために買ってあった珈琲を一気に飲む
その後休憩時間を終え、切り替えなきゃと制服を着てレジに立った瞬間にさっきとなにも変わらない服装で男がやってきた
「さっきぶりだね♡」
「………」
「そういや、オレの名前言ってなかったなって思ってタバコも欲しいし、金丘チャンに会いたいし来ちゃった」
「……600円です」
「あ、今日は2箱で♡」
「1200円です」
「オレはね、傘館湊斗(さんだて みなと)」
「お支払いは現金ですね」
「今日も18時上がりだよね?また後で来るね♡」
「一生来なくて良いです。さっさと帰ってください。」
お金をゆっくりとした仕草で出しながら会話のキャッチボールを全て拒否してるのに一方的に繰り広げられる言葉と情報にしっしっと手を振れば、軽やかに手を振り返された
「あらぁ…熱狂的ね…」
「…店長…出禁ってないんですか…」
「うーん…澪ちゃんに何かあったら怖いもんね…」
(もう既にありました……)
店長は一先ず何かあったらすぐに言ってねと残し、品出しへと行った
今日ほどに退勤したくないと思ったことがこれまであったかと現実逃避するも、時間は残酷にも退勤の18時になってしまう
「……居ない、よね?」
裏口を少し開けて辺りを確認すると、人気のないいつもの裏路地に安心からホッと息をつく
裏路地から表通りへと出て歩を進めていると、後ろから近付く足音に気付いてしまう。
(……いやいや、多分普通に歩いてるだけの人だよね)
表通りはこの時間帰宅急ぐ人達で多いし、きっと出待ち宣言したあの男では無いと自分に言い聞かし歩みを緩めずに無視をすることにした
コツコツコツ
…コツ、コツ、コツ
私の足音とズレて聞こえる足音に言い知れぬ不信感を抱くも、振り返ればあの男が飄々と立っていそうな気がして無意識に早足になるけどそれでも足音はきちんと1拍ズレて聞こえてきていい加減にしてと怒鳴ろうと振り返った
「…えっ?」
「ああ…やっとコッチを見てくれた」
振り返った先に居たのは昼間の男ではなくて、目深にフードを被った見知らぬ男性。
怒鳴ろってやろうと開いた口から漏れた情けない声を気にする素振りなく距離を詰めてくる男性に頭の中では警笛が鳴り響くも予想外の事態に体はなかなか動かなかった
「金丘さんをずっと見てたのに、今日…知らない男に言い寄られてたから俺心配で心配で…でもやっぱり金丘さんは俺だけだよね…」
「…だ、れですか…」
「そんな他人行儀にしなくても良いんだよ?変な男に絡まれて怖かったよね、大丈夫だよ俺がついてるからね」
なんで今日はこんなに話の通じない人ばっかりと出逢うんだろう…。
そんな考えも目の前でにたりと笑う男性の気味悪さに塗り替えられようやく動いた体は、少し後退りをした程度
「やっぱり金丘さんは素敵だから無意識にでも男を寄せ付けるんだね…ほら、一緒に帰ろうね」
数歩先まで近付いた男が腕を伸ばしてきたことに恐怖心が一気に増し逃げようと背を向けるも体格差からか走り出す前に掴まれた鞄
「っ…いや…!」
目を瞑って上げた悲鳴は助けを求めるにはあまりにもか細過ぎた
その時、ぐっと鞄を引かれた男性の方ではなく反対側に体を引かれたと思ったら後ろからぐぇ。と蛙のような声とドサッと重いモノが地面に当たる音がする
「なにオレの金丘チャン怖がらせてんだよ」
「は…」
何が起きたか分からず開けた視界には昼に見た男が、私を抱き締め無駄に長そうな片足が地面におろされる場面が映った
「 お、お前…!金丘さんに言いよってた…!」
「お前みたいにコソコソつけたりするストーカー野郎より正面アプローチしてただけだろーがよ」
「っ、俺はストーカーじゃない!!」
「へぇ?あっそう?まあ何でもいいけどさ。今すぐ消えないと……殺すぞ?」
引き攣ったような声とともに悔しそうに舌打ちして去っていく足音が聞こえた
足音が完全に聞こえなくなった瞬間に私の体から力が一気に抜けるも、力強く抱き締めている男に支えられ地面への着地は回避された
「金丘チャン大丈夫?」
「な…なんだったの…」
「アイツ、ちょっと前から金丘チャンの周りウロついてたんだよ?最近は特に目に余るから近々なんか仕出かしそ~だなって思って。」
「……は?」
私の周りを彷徨いてたってのも気になるけど、なんでそれを目の前の男が把握してるのかも謎でしかなく思わず素っ頓狂な声が漏れた
男性が去った方を睨んでいた目が私に向けられた時に冷たさの残ってた表情から、心配と安堵の感情ともとれる表情に変わったのを見て昼間の出来事は一度見逃してあげる気になってしまう
「……助けて、くれてありがとうございます…」
「ふふ、どーいたしまして♡でもマジで…金丘チャンに何もなくて良かったー……」
既に力強さを感じていた腕に、より力が加わりぎゅーっと抱き締められ肩口に男の髪が当たって擽ったい。
息苦しさを感じつつもどこか安心する温もりに文句も出てこずされるがままでいる
「ちょっと仕事が長引いたから急いでコンビニ行ったけど、金丘チャンもう居なかったからめっちゃ走った」
「いや…昼のことがあって待つわけないじゃないですか…あの時点では完全に印象も全部最悪でしたよ…」
徐々に抜けた力が戻ってきて、自力で立てるようになったので昼のように男の体を押したら今度はすんなりと解放をしてくれた
「ヒス女は完全に誤算だけど、キスに関してはマジで金丘チャンが可愛すぎた事故だよ?」
「あんな故意的な事故あってたまるもんか!」
「……良かった、調子戻ってきたね」
「う……」
本当に、気が抜けたように笑うから毒気が抜かれる
気を取り直して鞄を持ち直し一度深呼吸をしてからぺこりと男に向かって頭を下げる
「…改めて助けてくれてありがとうございました」
「助けたお礼に連絡先交換しない?またあんなの来たら追い払うよ♡」
「…………変な連絡とかしないなら…」
「やった♡」
お互いに取り出したスマホ、新しく追加されたLIMEには傘館湊斗とフルネームで書かれていて、即座によろしくね♡とメッセージが飛んできた
「今日はこのまま送るよ。アイツもう居ないとは思うけどウロついてたら怖いでしょ?」
「……傘館さんに家を知られるのも怖いんですけど…」
「あ、家はもう知ってるから大丈夫だよ」
「なんで…!」
「オレ仕事柄知らない事少なくて♡」
傘館さんはきっとろくでもない人に違いない。