ゆびさきから恋をする
 胸が無駄にバクバクしてくる。

 私は報告書を転送する前に自分で自分の電子印を押した。その電子印の日付が木ノ下さんと同じ日になるわけがない。電子印は社員番号さえ押せばだれでも勝手に開けて押せるものだけれど普通は押さない。

 印鑑を引き出しから出して勝手に押すのか? 行為は同じことだ。

 自分の仕上げた期日と先に仕上げた私の期日が合わないのが気に入らなかった?

 派遣の私が社員の木ノ下さんよりはやく終わらせていたと思われたくない?

 黒いドロドロした感情が湧き出してくる。

 こんなこと、些細なことじゃないか。勝手なことするんだな、そう思ってやり過ごせばいい。ずっとそうやって飲み込んできた。

 でも。

(もう無理、馬鹿にされるのはもうたくさん)

 会社のことならいい、決まりやルールのことならいくらでも飲み込んでやる。それは私にはどうしようもできないことだからだ。

 でも私のことを好き勝手されるのはたまらない、私のしている仕事を無断で踏み荒らされたら我慢できなくなった。

 それだけはどうしても許せない、私は私の仕事をしている。私にだってやり通したい仕事がある。

 
 気持ちがあるんだ。


 引き金になるには十分だった、胸の中の風船が――パンっ――と、割れた。
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