時の足跡
わたしは立ち上がると、もう心が死んでしまったかのようにぼんやりと物干し竿を眺め、それからわたしは以前まで就活の時に雄介が使って置いたままにしていた水色のネクタイを寝室のクローゼットの中から取り出してくると、丸椅子を物干し竿の下に置き、それに乗っかり物干し竿にネクタイを括りつけた。
ここに首を通せば、、、
そう思い、物干し竿に括り付けたネクタイに手を掛けた時だった。
ピーンポーン
するとインターホンが鳴り、わたしは驚いて盛大に丸椅子から転げ落ちてしまった。
その時、玄関のドアが開き、バタバタと慌てた様子で誰が入って来る足音がして、床に転げ落ち、痛さのあまり立てずにいるわたしの視界に男性らしき足が目に映った。
「大丈夫ですか?!」
その声にふと顔を上げると、そこにはわたしと同じ年齢くらいでスーツを着た黒髪の男性の姿があった。
わたしは驚きのあまり、間抜けな顔でその男性を見上げた。
「すいません、凄い音がしたので、つい勝手に入って来てしまいました。」
その男性は申し訳なさそうにそう言うと、「怪我はありませんか?」とわたしを心配してくれた。
見ず知らずの人なのに、、、わたしを心配してくれるの?
もし雄介だったら、、、わたしが転んだら「何やってんだよ、間抜けだなぁ。」って笑うのに、、、
「大丈夫です。ありがとうございます。」
そうは言ったものの、転んだ拍子に床に強く膝と骨盤を打った為、なかなか起き上がることが出来なかった。
すると、その男性は倒れた丸椅子に、その上にぶら下がるネクタイを見て、何かを悟ったのか、わたしを見ると「何か、ツラいことがあったんですね。」と柔らかい口調で言った。
"ツラいことがあったんですね"
その言葉にわたしは涙が溢れてきて、堪えることが出来ず声を出して大泣きをしてしまった。
その男性はわたしが落ち着くまで何も言わずに背中を撫でていてくれて、わたしは久しぶりに人の温かさに触れたのだった。