海に凪ぐ、君の名前
「あのー…さんでしょうか?…週刊朝日の松本ですー」

いつもの堤防に着いたとき、知らない声がした。

誰だ?

驚いて近くの電信柱に隠れた。

音を立てないようにこっそり声の主を見てみても、全く知らない男だ。

黒い縁の太いメガネをしていて、パーマをかけた髪の毛の、中年くらいの男性。

ヘラヘラというか、にやにやというか、とりあえずたちが悪い話し方だ。

(週刊朝日?…というか、この堤防、かなり入り組んでるところにあるから人気(ひとけ)ないのに。なんでこいつ、ここに来れたんだ?)

疑問が浮かぶ。

「えー、先日……記事……ですけど……。」

記事?記事ってなんだ?

週刊朝日と言う名前と記事という単語。

この男、記者か何かなのか?

少し離れた場所から聞いているから、話が全て聞き取れない。

「それに…答える…無いです。…デタラメだ…言え…す」

今度は彼女が答える。

デタラメ?なんのことだ?

彼女は、その記者に向かって爽やかに口角を上げた。その笑顔は彼女らしくない笑い方だ。

でも似てる、俺の笑い方と。壊れそうなのを必死に取り繕うような笑い方だ。

記者は、そんな彼女の物言いをお構い無しに、しつこく質問で責め立てる。

「君さあ、もう写真もあるんだよ?今更、無理だよ?」

「だから、事実じゃないっていってるじゃないですか!」

「嘘つくなって!」

所々しか聞こえなかった話が、エスカレートしていったのか、はっきりと聞こえるようになってくる。

記者は彼女の細い腕を掴み、ぐいっと引っ張っる。

彼女は小さく声を上げてよろける。


「おい!!」


いても立っても居られずに思わず飛び出してしまった。

その勢いのまま彼女の手を掴んだ記者の手を振り払う。

「ちょっと君、だれ!?」
「え、君…!?」

突然割り込んできた人間に、2人は酷く驚いた顔をしている。

「向こうまで声が聞こえてましたよ、どうしたんですか」

知らない人だし、できるだけ丁寧に話しかけた。

「あ、えっと…」

暴力とまではいかないけど手をあげたのは記者の方だし、てっきり彼の方が驚くかと思ったら、彼女の方がおろおろとしている。

どういう状況だ?

「あ…君たち友達?まさか、彼氏さんとか?」

「ちょっと!」

彼女は記者に声をあげる。どうなってるんだ?

彼氏?何を言ってるんだ。

「俺と彼女はそんな関係じゃないですよ」

彼女と記者の間に腕を伸ばし、距離を取る。

記者と目を合わせる。

彼ははっきりと俺の顔を見た途端、急に顔色を変える。

「ていうか君、すごい顔が整ってるね!女の子かと思ったよ。モデルさん?どこか事務所に所属してる?」

会話の逸らし方があまりにも自己中心的だ。

(また見た目の話かよ、腹立つなあ)

初対面なのにずけずけと質問してきて、挙句、「女の子かと思った」だと?

喉の奥が熱くなる。

この態度も話す内容も、不躾にもほどがある。

顔にだけに向けられた興味に誰が話てやるか。

「モデルじゃないですよ、どこにも所属してないですし。俺のことはいいので、お引き取りください」

目を細めて口の端を持ち上げた。

「引き取るわけないじゃん、こんなデカいネタ。君たち出会ってどのくらいなのか教えてよ。どういうきっかけ?」

俺の言葉なんか無視で、記者は俺と彼女の顔を交互に見つめながら、にやにやとする。

彼女は、俯いていて表情は読めないけど、嫌がっているのは分かる。

「ただの知り合いですって」

記者から彼女を隠すように、視線の間に割り込んで言った。

「じゃあなんでこんな人気(ひとけ)のない場所にきてるの?頻繁に会ってるんじゃないの?ここで何してるの?」

「だからあ、」

俺は思わず呆れるような声が出た。

全部が的はずれな質問責めにはもう疲れた。

俺のそんな様子に、記者は俺よりも呆れるような態度を示した。

「あのさ、早く言ってくんないかな?どうせ君の顔にはモザイクかけるし……もしかして、モザイクかけないでこれを機にバズろうとしてる?うわー、策略だなあ!


“ハマダ ソラ”


のネームバリューで自分を売り込むなんて!嫌いじゃないなあ、そういう子!」

「ちょっ!!」

彼女が記者の声に被せるように一際大きな声を出す。

なんか、怒ってる?いや、焦ってる?

でも、とりあえず俺のことを否定しておかなきゃ。

「自分のことを売り込むなんてするわけないですよ。そもそも、ハマダ ソラ?という人も知らないですし」

記者は俺の言葉に俺と彼女の顔を見比べて、さらに、にやにやと笑う。

「あー…そういうこと〜?知らないんだ、君」

俺を指さしてクスクスと笑う。

「いやだから、そう言って…」

記者は俺の肩にのしっと腕を置く。

思わず言葉が途切れる。

「教えてあげるよ、ソラって言う女はねえ」

肩に乗せた腕に力がこもる。

彼の口元に耳を寄せられる。

「人の事を弄ぶ最っ低の人間なんだよねえ」

頭の中にその言葉がダイレクトに伝わる。

胸の奥がざらついた。耳の奥がゾワゾワとする。

(不愉快だ)

さっきからずっと、こいつは人の話を聞かない。

弄ぶ?それも勝手な決めつけだろう?

人のことを悪く言って、それを広めて、やることが低俗だ。なのに、楽しそうで不愉快だ。

記者は、彼女の方に嫌な笑い方をした。

「君、嘘ついて騙して、最低だねえ」

彼女は何も言わない。

ただ俯いたまま、指先をぎゅっと握りしめている。白くなるほど力が入っているのが見えた。

_____その瞬間、何かが切れた。

視界の端がわずかに暗くなる。呼吸が浅くなる。右手が勝手に拳に固まる。

骨が軋むほど力が入る。

このまま腕を持ち上げて振り抜けば、当たる距離だと分かる。

「……いい加減にしろよ」

自分でも驚くほど低い声だった。喉が焼けるみたいに熱い。

肩に乗せられた腕を解いて、距離を取る。

記者が眉を上げる。

「なに?」

「俺は、ソラってやつのことは何も知らないけど」

俺は一歩近づいた。靴底が砂利を踏む音が、やけに大きく響く。

「お前がそんな風に言うほど、悪い女じゃないと思うけど?」

彼は軽く肩をすくめた。その仕草は、まるでどうでもいいこと言われたみたいだ。

「お前は、自分のことしか考えてない。お前、記者じゃないのか?明らかに、仕事の域を超えてる」

右手を肩辺りまであげる。拳に力がこもる。

勝手に人に判断されることが、凄く辛いことってなんで分からないんだ。

自分の居ないところで、勝手に自分の話をされる恐ろしさをなんでわかんないんだよ。

「人の人生ばかにして、不愉かっ…い…っは!?ちょっおい!」

彼女はまだ話し終えないうちに、俺の手を掴んで、引きずるように引っ張って走った。

「おい!なに急に引っ張ってんだよ!」

「ちょっとソラさん!?どこ行くんですかー?」

彼女は俺の腕を掴む手にさらに力を込める。

記者も俺らのあとを追おうとするけれど、カメラなどパソコンなどと荷物が多いみたいで動きが鈍い。

どんどん記者は小さくなっていき、曲がり角で完全に見えなくなった。

「おい!もう追いかけてないぞ、引っ張んな!」

彼女は俺の言葉はまるで聞こえてないみたいに、無視をした。

_____彼女は、そのまま、近くの駅まで俺を引っ張って走った。
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