海に凪ぐ、君の名前
「お前、あの沖野リゾートの息子なの!?スケールデカすぎて訳分かんねえな」
「ごめん」
「いや全然いいけどさ」
陽太は、沈黙になった俺たちの空気を再び揺らした。
「想良ちゃんさ、なんていうか…大丈夫なん?」
「え何が」
陽太は少し気まずそうに首筋に手を当て、視線を落とす。
陽太は、近くにあったベンチに腰を下ろした。
大丈夫とはどういうことだろう。人として、ということだろうか?
陽太は少し苦い顔をしながら、再び口を開く。
「あー…俺、想良ちゃんが堤防に来なくなった理由、分かったかも。」
「は、え?どういうこと?」
呆れたようにため息を着いて、伏せていた目をこちらに向けた。
「…想良ちゃん、1ヶ月ちょっと前にスキャンダルで週刊誌に載ったんだよ。そん時、ネットでも結構騒がれてて」
思わず立ち上がる。
それって、もしかして記事のことか?
でも1ヶ月ちょっと前って、さっき女子から聞いた話と少し違う。女子たちは、今まさに叩かれているって言ってたはずだ。
スキャンダル?騒がれていた?
何も知らない、どういうことだ。
「…どんな、」
「有名な監督と逢い引きして、主演を貰ってるって」
声が出ない。心臓をぎゅっと掴まれたような感覚になる。
俺の顔を見た陽太の、苦笑いとも半ば呆れたように見えるその笑い方に、背筋がぞわりとする。
想良になにかあったのか?俺の知らない何かが彼女を苦しめているのか?
「そんで最近も。たしか、ちょうどその監督との逢い引き騒動が収まったころだから…2週間くらい前かな。江ノ島で男とデートしてたって写真がSNSで上がって、そこからまた炎上」
陽太は、ほら、と言って俺にスマホの画面を向けた。
小さな液晶の上には、想良と男の後ろ姿の写真、電車に乗る想良とその近くでつり革を握っている男、想良と手を繋ぐモザイクの男。
「これ、凪希っしょ」
ドクンと脈打つ。
俺だ。この、後ろ姿もモザイク越しの顔も、全部俺だ。
_______俺が、人の多い江ノ島なんかにむやみに降りたから。
膝に力が抜けて、しゃがみ込む。
「おい」
動揺を隠せない俺を見て、陽太は俺の隣に座った。そして、ぐしゃりとワイシャツを掴んだ。
「お前のせいじゃない。これは、盗撮だ。撮った方が悪いんだよ」
「違うんだよ!!1ヶ月と少し前って、俺想良と会ってた頃なんだ!それに、江ノ島だって俺が勝手に引っ張って降りたから!人が多いのに!俺、なにも…!」
出来なかった。知らなかった。
お互い知らないという居心地の良さに浸かって、知ろうとしなかったつけがまわってきたような気がした。
「そんな思い詰めんなよ。お前は想良ちゃんの名前も知らなかったくらいだったんだから、しょうがないだろ」
違う、しょうがなくなってないんだよ。
彼女は居心地の良さなんか投げ出してでも、俺を救い出してくれたんだ。
俺を照らして、お日様みたいな笑顔で明るく受け入れてくれたんだ。
俺の話を聞いてくれて、素で話せる場所を作ってくれて、恋を教えてくれたんだ。
それだけの事が、俺にとってどれだけ救いとなったのか。
(なのに…!)
俺は彼女の胸の内に何も気付けなかった。笑顔の奥に気が付けなかった。
俺はなんて情けないんだ。なんて、臆病だったんだ。
「おい、凪希。なんでも真正面から受けるのはいい所だけど、たまにはみて見ぬふりしてもいい時だってあるんだ」
陽太は掴んでいた俺のワイシャツから手を離して、俺の背中に当てた。
その暖かさに、腹が立つ。陽太の手を振り払った。
「ねぇよ、そんなの!今、俺は想良から、目離したくねーんだよ!」
陽太が俺を思って言ってくれてるって分かっているのに、つい言葉も何もかも強くなってしまう。
「気持ちは分かるけど。お前ひとりが世間の空気を何とか出来るわけないんだよ」
「そうだけど…じっとしてらんねえよ…」
分かってるんだ、冷静な判断ができていないって。でも、どうしてもじっとしていられないんだ。
どうすればいいかなんて知らないけど、俺だって想良を救いたい。
「ああもう、どうすれば…」
「俺は、お前を苦しめたくて、このことを教えたわけじゃねーよ」
陽太の声色は変わらず暖かい。
「俺はこの写真見た時、もしかして凪希なんじゃないかって思ったんだ。でも、何も言わないお前に俺から変な事言うのもなんか違うかもしれないと思って、言えなかった」
「陽太…」
その横顔には後悔が滲んでいた。
「想良ちゃん、支えろ。好きな女なんだろ!」
そう言って、俺を見て笑った。
それは、さっきまでの悲痛な顔とは違って、真夏のようなサンサンと輝く太陽みたいだ。
「陽太、悪い」
陽太は冷静に俺の話聞いてくれたのに、取り乱してしまって恥ずかしい。
「いいよ別に。必死な凪希なんて、超レアだし」
陽太はいたずらっ子のように口の端をあげた。
陽太は、俺よりもずっとずっと“大人”だ。
たくさんの人を引っ張ってまとめる力があるのだから、たくさんの感情に触れてきたはずだ。
間違いなく俺なんかよりも、たくさんの経験をしてきたんだろうな。
今日、あの場所に行こう。
俺は、父も沖野も勉強も“凪希”も何もかも投げ出して逃げたくなった時に、海を見に行っていた。
もしかして、彼女もそうなんじゃないのか?女優としての“浜田 想良”から逃げたくて、来てたんじゃないのか?
だとしたら、来ているかもしれない。
「行ってくる!」
おお、と呆気にとられたような顔をした陽太をベンチに残して、俺はあの場所に向かった。
想良に、逢いに行くために。
「ごめん」
「いや全然いいけどさ」
陽太は、沈黙になった俺たちの空気を再び揺らした。
「想良ちゃんさ、なんていうか…大丈夫なん?」
「え何が」
陽太は少し気まずそうに首筋に手を当て、視線を落とす。
陽太は、近くにあったベンチに腰を下ろした。
大丈夫とはどういうことだろう。人として、ということだろうか?
陽太は少し苦い顔をしながら、再び口を開く。
「あー…俺、想良ちゃんが堤防に来なくなった理由、分かったかも。」
「は、え?どういうこと?」
呆れたようにため息を着いて、伏せていた目をこちらに向けた。
「…想良ちゃん、1ヶ月ちょっと前にスキャンダルで週刊誌に載ったんだよ。そん時、ネットでも結構騒がれてて」
思わず立ち上がる。
それって、もしかして記事のことか?
でも1ヶ月ちょっと前って、さっき女子から聞いた話と少し違う。女子たちは、今まさに叩かれているって言ってたはずだ。
スキャンダル?騒がれていた?
何も知らない、どういうことだ。
「…どんな、」
「有名な監督と逢い引きして、主演を貰ってるって」
声が出ない。心臓をぎゅっと掴まれたような感覚になる。
俺の顔を見た陽太の、苦笑いとも半ば呆れたように見えるその笑い方に、背筋がぞわりとする。
想良になにかあったのか?俺の知らない何かが彼女を苦しめているのか?
「そんで最近も。たしか、ちょうどその監督との逢い引き騒動が収まったころだから…2週間くらい前かな。江ノ島で男とデートしてたって写真がSNSで上がって、そこからまた炎上」
陽太は、ほら、と言って俺にスマホの画面を向けた。
小さな液晶の上には、想良と男の後ろ姿の写真、電車に乗る想良とその近くでつり革を握っている男、想良と手を繋ぐモザイクの男。
「これ、凪希っしょ」
ドクンと脈打つ。
俺だ。この、後ろ姿もモザイク越しの顔も、全部俺だ。
_______俺が、人の多い江ノ島なんかにむやみに降りたから。
膝に力が抜けて、しゃがみ込む。
「おい」
動揺を隠せない俺を見て、陽太は俺の隣に座った。そして、ぐしゃりとワイシャツを掴んだ。
「お前のせいじゃない。これは、盗撮だ。撮った方が悪いんだよ」
「違うんだよ!!1ヶ月と少し前って、俺想良と会ってた頃なんだ!それに、江ノ島だって俺が勝手に引っ張って降りたから!人が多いのに!俺、なにも…!」
出来なかった。知らなかった。
お互い知らないという居心地の良さに浸かって、知ろうとしなかったつけがまわってきたような気がした。
「そんな思い詰めんなよ。お前は想良ちゃんの名前も知らなかったくらいだったんだから、しょうがないだろ」
違う、しょうがなくなってないんだよ。
彼女は居心地の良さなんか投げ出してでも、俺を救い出してくれたんだ。
俺を照らして、お日様みたいな笑顔で明るく受け入れてくれたんだ。
俺の話を聞いてくれて、素で話せる場所を作ってくれて、恋を教えてくれたんだ。
それだけの事が、俺にとってどれだけ救いとなったのか。
(なのに…!)
俺は彼女の胸の内に何も気付けなかった。笑顔の奥に気が付けなかった。
俺はなんて情けないんだ。なんて、臆病だったんだ。
「おい、凪希。なんでも真正面から受けるのはいい所だけど、たまにはみて見ぬふりしてもいい時だってあるんだ」
陽太は掴んでいた俺のワイシャツから手を離して、俺の背中に当てた。
その暖かさに、腹が立つ。陽太の手を振り払った。
「ねぇよ、そんなの!今、俺は想良から、目離したくねーんだよ!」
陽太が俺を思って言ってくれてるって分かっているのに、つい言葉も何もかも強くなってしまう。
「気持ちは分かるけど。お前ひとりが世間の空気を何とか出来るわけないんだよ」
「そうだけど…じっとしてらんねえよ…」
分かってるんだ、冷静な判断ができていないって。でも、どうしてもじっとしていられないんだ。
どうすればいいかなんて知らないけど、俺だって想良を救いたい。
「ああもう、どうすれば…」
「俺は、お前を苦しめたくて、このことを教えたわけじゃねーよ」
陽太の声色は変わらず暖かい。
「俺はこの写真見た時、もしかして凪希なんじゃないかって思ったんだ。でも、何も言わないお前に俺から変な事言うのもなんか違うかもしれないと思って、言えなかった」
「陽太…」
その横顔には後悔が滲んでいた。
「想良ちゃん、支えろ。好きな女なんだろ!」
そう言って、俺を見て笑った。
それは、さっきまでの悲痛な顔とは違って、真夏のようなサンサンと輝く太陽みたいだ。
「陽太、悪い」
陽太は冷静に俺の話聞いてくれたのに、取り乱してしまって恥ずかしい。
「いいよ別に。必死な凪希なんて、超レアだし」
陽太はいたずらっ子のように口の端をあげた。
陽太は、俺よりもずっとずっと“大人”だ。
たくさんの人を引っ張ってまとめる力があるのだから、たくさんの感情に触れてきたはずだ。
間違いなく俺なんかよりも、たくさんの経験をしてきたんだろうな。
今日、あの場所に行こう。
俺は、父も沖野も勉強も“凪希”も何もかも投げ出して逃げたくなった時に、海を見に行っていた。
もしかして、彼女もそうなんじゃないのか?女優としての“浜田 想良”から逃げたくて、来てたんじゃないのか?
だとしたら、来ているかもしれない。
「行ってくる!」
おお、と呆気にとられたような顔をした陽太をベンチに残して、俺はあの場所に向かった。
想良に、逢いに行くために。