海に凪ぐ、君の名前
思い切り走った。あの時、想良に初めて会った時みたいに。

今度は、想良に会うために走った。

体が汗ばんできてカーディガンを脱いで、片手で握った。空気を吸っても、酸素が入ってこない感じがした。

息苦しい。もう少しで堤防に着くというのに、足が重たい。

瞬間、空と道路が反転したように見えた。

それが、自分自身が道路に転がってしまったのだと少し遅れて気づいた。

「いって…」

血が滲む手のひらを見て見ぬふりをして、立ち上がろうと足に手をかける。

「海だ…」

ふと視線を投げると、目の前には青い青い海が広がっていた。

「もう少しで着く」

そう、呟いた。

「なーに?…ほんっと凪希くんはよく転ぶね」

ああ、ずっと聞きたかった声。ずっと脳内で繰り返し思い出すしか無かったこの声。

声の方に顔を向けると、そこには、やはり彼女がいた。

「想良!!」

勢い余って抱きつきそうになる。

「え!なに急に大声出して。てか顔怖いよ、凪希くん」

「想良!ほんとごめん、俺、何も!」

「ちょっ、声おっきいって!もう、こっち来て!」

そう言って彼女は俺の腕を掴んで、あの人気のない堤防まで引っ張っる。

「…あの、ほんとになに?なんで私謝られてるの?」

彼女は俺の腕を話すと、おずおずと俺の顔を見上げる。

「なんていうか…想良って、有名人だったんだな」

『叩かれてるんだな』とか『炎上してるんだな』とか、何を言っても嫌味になる。なんと言えばわからなくて、適当なことしか言えない。

「え?…みたの?」

「えっと、なにを?」

「監督と隠れて会ってたってやつ。あと、江ノ島のやつも」

「あ…うん。みた」

彼女は俺の回答を聞いて、また、ふふっと小さく笑った。

嘲笑うような、疲れ果てたような笑い方。

「…まあ、隠せるとは思ってなかったけどね」

自分を俯瞰して見ているように呟いた。

「ごめん、俺のせいで」

「なんで謝るの」

「いや、江ノ島の駅で降りることにしたの俺だし」

ふっと息の漏れる音が聞こえて、彼女を見上げる。

“笑っていた”。

画面の中と同じ笑い方で。

「軽はずみな行動したのは、私だよ。だから、責任は私にある。大人だしね」

(大人…)

そのたった一言が、胸を突き刺す。

そして、彼女は、それをいやらしくえぐる。




「そして、君は未成年。大人の私が守んなきゃだったの、こっちこそごめんね」




(未成年…大人…)

その言葉が、傷口を強く締め付けるみたいに痛い。

一気に突き放されるような言い方。

潮風が彼女の髪を煽る。

その横顔は、いつもここで見ていた笑顔でも、画面の中の微笑みでもない。

余裕があって、それで、全てを諦めたような顔。

「…おい」

彼女の肩を掴んで、引き寄せる。

「俺は、お前に守られるくらいガキじゃねーよ」

驚いて丸くなる目に、俺が小さく映る。

「君には、私がどう映ってるのかな?」

ふっと声を出して、眉を寄せて笑う。

声は柔らかい。

でも、どこか突き放してる。空気をぴりっと締め付ける。

「でもさ、」

冷たい空気が二人の間を通り抜ける。

「間違いなく、私は大人なんだよね」
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