海に凪ぐ、君の名前
彼女は、何も言えないでいる俺を見て、怒ったような泣き出しそうな感情に揉まれた顔をしていた。

「だから、もうここには来ないで。私も、もう来ないから」

目には涙が浮かんでいて、今にもこぼれ落ちてしまいそうだった。

彼女は、一度目を瞑って、また、開いた。

一滴の涙が、頬をつたいそうになった。

それがこぼれそうになった時、彼女は俺に背を向け、そのまま走っていった。

その後ろ姿もやはり少し違和感があって。

でも、何がどう違うのか、自分では言い表せられない。

俺は、呆然と立ち尽くすことしか出来なかった。

もう空には星が出ている。

先程までの茜色が嘘みたいに、漆黒の無機質さに包まれていた。

俺はふらふらと堤防に腰をかけた。

そのままそこに座って、ただただぼーっと、波の満ち引きを見ていた。

砂と水の擦れる音だけが辺りに響く。

耳障りなのに、異常に静かに感じる。

ハッとした時には、もう、空は朝の茜色に染まりかける頃だった。

家に帰らなかった夜は、思ったより長くて、思ったより短かった。

波音だけが、頭の中で何度も反響していた。
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