海に凪ぐ、君の名前
あの頃から嵐は優秀だった。
そして、俺は母さんを亡くしたばかりで、すぐに自立なんて出来なくてふらふらと、ぼんやりしていた子供だったと思う。
父さんの再婚で、妻と子を紹介するとかいう名目で行ったパーティがあったはずだ。
そのとき、幹部社員や取引先、同職の社長とたくさんの大人が俺の家に集まった。
父さんは、嵐のことも俺のことも大して興味がなさそうに大人と仕事の話をしていた。
その横に、俺はずっとつかされていた。
長男だから、だろう。
『今後の取引の件ですが、』『事業拡大の調子が、』などと、子供にはあまりに退屈でつまらなかった覚えがある。
それでも、冷静にそれに応えていく父の面子を潰さないようにと、笑顔でいた。
周囲の大人は、そんな俺のことを“落ち着きがある、大人っぽい子”と言った。
悪い気はしなかった。
そのように言われるのなら、笑顔を貼り付けているのも悪くないと思った。
______でも、嵐の母は、違った。
俺が母の死から立ち直れていないことを見逃さず、執拗に俺と嵐を比べる言葉をかけた。
『嵐はすごい。沖野の自慢だ』と沢山の大人に自慢していた。
俺は、俺の事なんて見向きもしない父さんのその横で、ただ、それを静かに見ていた。
その時は、なにも感じなかった。
新しい姉はそんなにも優秀なのか、と素直に捉えていた。
その時はそれが、弟を蔑むことで姉をよく見せる、ような低俗なことなどとは微塵も思わなかった。
すごいと言われ続ける嵐も、俺と同じように笑っていた。
年上といえど、つまらなかったんだろう。
女たちの戦略的な見栄の張り合いに利用されていたのだから。
隙を見て、俺は暇そうな嵐を連れて部屋に戻って、遊ぼうとした。
_______そういえば、俺と嵐を執拗に比較したのは母だけだったろうか?
嵐の母だけじゃなかった気がする。
あのとき、たしか2階に行こうと階段を数段登ったとき、話し声が聞こえた。
『見ました?沖野リゾートの息子さん』
『見た見た。見た目は良いけど、要領が悪いっていうか、ぼんやりしてるっていうか』
『社長には向かないだろうな、あれは』
『そうですね。継ぐのなら、義姉の方でしょうね。奥様も推薦するでしょうし』
聞いてしまった。いや、聞こえてしまった。
父さんでも母さんでも、ナツさんでもない第三者に、俺や嵐の将来のことを話され、ゴシップ扱いされる。
そんなことが起きていることが、その時、初めてわかった。
俺たちは、ただの姉弟じゃない。
沖野の跡継ぎとして、周りから審査され、査定され、検査され続ける立場で、比べられ続ける立場だ。
俺はそのとき、気づいたら、階段を駆け下りて、玄関の戸を押していた。
当時の俺は、第三者の嵐のお母さんが俺に冷たいのは、血が繋がっていないからだと思っていた。
でも、そうじゃなくて。
社長を継ぐ義務のある俺が、その権利のない嵐よりも完全に劣ってしまっていたから、馬鹿にされていたのだと気づいた。
堤防まで走って、やっと嵐が追いついて、俺の手を引いた。
その手を振り払い、俺はその時初めて、嵐に声を荒げた。
——どうして、嵐ばっかりなんだよ。
——俺だって、ちゃんと見てほしいのに。
自分でも驚くくらい、言葉が止まらなかった気がする。
何といったかすら覚えていない。
ただ、泣きながら、怒鳴って、嵐に向かってきつい言葉ばかり投げた。
嵐は、しばらく何も言わずに俺を見ていた。
そして、俺は母さんを亡くしたばかりで、すぐに自立なんて出来なくてふらふらと、ぼんやりしていた子供だったと思う。
父さんの再婚で、妻と子を紹介するとかいう名目で行ったパーティがあったはずだ。
そのとき、幹部社員や取引先、同職の社長とたくさんの大人が俺の家に集まった。
父さんは、嵐のことも俺のことも大して興味がなさそうに大人と仕事の話をしていた。
その横に、俺はずっとつかされていた。
長男だから、だろう。
『今後の取引の件ですが、』『事業拡大の調子が、』などと、子供にはあまりに退屈でつまらなかった覚えがある。
それでも、冷静にそれに応えていく父の面子を潰さないようにと、笑顔でいた。
周囲の大人は、そんな俺のことを“落ち着きがある、大人っぽい子”と言った。
悪い気はしなかった。
そのように言われるのなら、笑顔を貼り付けているのも悪くないと思った。
______でも、嵐の母は、違った。
俺が母の死から立ち直れていないことを見逃さず、執拗に俺と嵐を比べる言葉をかけた。
『嵐はすごい。沖野の自慢だ』と沢山の大人に自慢していた。
俺は、俺の事なんて見向きもしない父さんのその横で、ただ、それを静かに見ていた。
その時は、なにも感じなかった。
新しい姉はそんなにも優秀なのか、と素直に捉えていた。
その時はそれが、弟を蔑むことで姉をよく見せる、ような低俗なことなどとは微塵も思わなかった。
すごいと言われ続ける嵐も、俺と同じように笑っていた。
年上といえど、つまらなかったんだろう。
女たちの戦略的な見栄の張り合いに利用されていたのだから。
隙を見て、俺は暇そうな嵐を連れて部屋に戻って、遊ぼうとした。
_______そういえば、俺と嵐を執拗に比較したのは母だけだったろうか?
嵐の母だけじゃなかった気がする。
あのとき、たしか2階に行こうと階段を数段登ったとき、話し声が聞こえた。
『見ました?沖野リゾートの息子さん』
『見た見た。見た目は良いけど、要領が悪いっていうか、ぼんやりしてるっていうか』
『社長には向かないだろうな、あれは』
『そうですね。継ぐのなら、義姉の方でしょうね。奥様も推薦するでしょうし』
聞いてしまった。いや、聞こえてしまった。
父さんでも母さんでも、ナツさんでもない第三者に、俺や嵐の将来のことを話され、ゴシップ扱いされる。
そんなことが起きていることが、その時、初めてわかった。
俺たちは、ただの姉弟じゃない。
沖野の跡継ぎとして、周りから審査され、査定され、検査され続ける立場で、比べられ続ける立場だ。
俺はそのとき、気づいたら、階段を駆け下りて、玄関の戸を押していた。
当時の俺は、第三者の嵐のお母さんが俺に冷たいのは、血が繋がっていないからだと思っていた。
でも、そうじゃなくて。
社長を継ぐ義務のある俺が、その権利のない嵐よりも完全に劣ってしまっていたから、馬鹿にされていたのだと気づいた。
堤防まで走って、やっと嵐が追いついて、俺の手を引いた。
その手を振り払い、俺はその時初めて、嵐に声を荒げた。
——どうして、嵐ばっかりなんだよ。
——俺だって、ちゃんと見てほしいのに。
自分でも驚くくらい、言葉が止まらなかった気がする。
何といったかすら覚えていない。
ただ、泣きながら、怒鳴って、嵐に向かってきつい言葉ばかり投げた。
嵐は、しばらく何も言わずに俺を見ていた。