海に凪ぐ、君の名前
「父さん。これはどういうことですか?」
「どういうこととは?」
「なぜ僕が撮影されなきゃなのかということですよ!」
スタジオの喧騒の中で、俺の声だけがやけに浮いた。
着ていたスーツは脱がされ、用意されたTシャツとジーンズを着せられた。
父さんはそんな俺を見て一瞬だけ目を細めたが、すぐにいつもの無機質な表情に戻る。
「見学に来たのだろう? いい機会だ。ついでに映ればいい」
「ついでって…!」
スタッフたちは手慣れた様子で、俺の髪やメイクを調整する。
「凪希くん、君はカメラに向かって笑えばいいだけだから」
「ちょ、待ってくださいよ!」
スタッフさんの生暖かい笑顔が痛い。
「こんにちわー!」
スタジオ内にやけに明るく響いた。
声の主を見て、心臓はまたドクンと高鳴る。
「浜田想良です!今回の撮影よろしくお願いします!」
想良は小さな画面の中で見る時と同じ顔で笑っている。
無機質で冷たい感じの笑顔だ。なのに、一見あたたかそうに見えてしまう。
スタッフさんたちに挨拶をしながら、こちらに近ずいて来る。
彼女が1歩進む度に、俺の胸も鳴る。
「想ら…」
「沖野さんですか?」
名前を呼ぼうとした俺の声に被せるように、想良が言う。
「あ…はい」
「本日はよろしくお願いします」
なんで、そんな他人みたいに接するんだ。
なんで、今までのことを無かったことにするみたいにするんだ。
無言で彼女を見つめていると、居た堪れなくなったのか「撮影始まるみたいですよ」と苦く笑った。
彼女は白いシートとライトが光るカメラの前に向う。その背中は、女優の“浜田想良”に違いなかった。
その後に、ただついて行くしかなかった。
リハーサルも彼女の演技と現場監督の勢いにただ従っていた。
「まず凪希くん1人だけのカットで行こうか。本番いきまーす!」
空気が一気に締まる感じがする。
ライトが熱を持ち、カメラに赤い光がつく。
このカットは、作り物の部屋の窓際に立って笑うだけでいい。そもそも今回の主役はあくまでも想良らしいから、気が楽だ。
笑っているだけでいいなんて、いつもの“凪希”らしい笑顔を貼り付ければいいだけなのだから。
少しだけ口の端を持ち上げるようにすれば、すぐに「カット!」という声がかかった。
「いやあ、凪くん上手だね!ほんとに初めてー?」
「初めてですよ。お褒め頂きありがとうございます」
まあ、演技自体はずっとしていたのだから初めてではないのだけれど。
「じゃあ、次、想良ちゃんも入って!」
「はい!」
彼女は小走りで俺の横に駆け寄る。揺れる髪の毛から、シトラスの軽い香りがした。
このカットも俺は黙って笑えばいい。
「本番いきます!」
ライトが一斉に点く。
「この夏は____」
声も、笑顔も、滑らか。
でも次の瞬間。
音が途切れた。
口は動いているのに声だけが出ていない。まるで喉を誰かに掴まれているみたいに。
空気が一瞬で重くなった気がした。
スタッフの視線、ライトの熱、カメラの圧。
俺は横目で想良を見た。
呼吸が浅い。視線が定まっていない。指先が、微かに震えている。
どうしたんだ?
「…想良ちゃん?」
カメラ外から小さな声が飛ぶ。
その声にハッとしたように想良は笑った。
笑うけど、声が出ない。
「カット!」
空気が崩れたみたいに一気に騒がしくなる。スタッフが慌てて想良に駆け寄る。
「大丈夫ですか?」
想良は、何事もなかったみたいに微笑む。
「すみません。少し喉の調子が」
小さく咳払いをするけれど、声の違和感はない。
「…おい、ほんとに大丈夫か?」
小さく声を出して、彼女の肩に触れるとわずかに震えている。
想良は一歩下がった。肩に触れた手はするりと落ちる。
「大丈夫です、撮影止めてしまってすみません」
完璧な女優な顔なのに、目だけが違う。どこか、遠い。
「いいよ。すこし休憩挟もうか」
監督が眉をさげて笑った。
「っ…大丈夫ですっ!」
「控え室戻って休んできな」
笑顔が乱れる。そして、髪で顔を隠すみたいにして俯いた。
その隙間から、強く噛み締める唇がみえた。
「どういうこととは?」
「なぜ僕が撮影されなきゃなのかということですよ!」
スタジオの喧騒の中で、俺の声だけがやけに浮いた。
着ていたスーツは脱がされ、用意されたTシャツとジーンズを着せられた。
父さんはそんな俺を見て一瞬だけ目を細めたが、すぐにいつもの無機質な表情に戻る。
「見学に来たのだろう? いい機会だ。ついでに映ればいい」
「ついでって…!」
スタッフたちは手慣れた様子で、俺の髪やメイクを調整する。
「凪希くん、君はカメラに向かって笑えばいいだけだから」
「ちょ、待ってくださいよ!」
スタッフさんの生暖かい笑顔が痛い。
「こんにちわー!」
スタジオ内にやけに明るく響いた。
声の主を見て、心臓はまたドクンと高鳴る。
「浜田想良です!今回の撮影よろしくお願いします!」
想良は小さな画面の中で見る時と同じ顔で笑っている。
無機質で冷たい感じの笑顔だ。なのに、一見あたたかそうに見えてしまう。
スタッフさんたちに挨拶をしながら、こちらに近ずいて来る。
彼女が1歩進む度に、俺の胸も鳴る。
「想ら…」
「沖野さんですか?」
名前を呼ぼうとした俺の声に被せるように、想良が言う。
「あ…はい」
「本日はよろしくお願いします」
なんで、そんな他人みたいに接するんだ。
なんで、今までのことを無かったことにするみたいにするんだ。
無言で彼女を見つめていると、居た堪れなくなったのか「撮影始まるみたいですよ」と苦く笑った。
彼女は白いシートとライトが光るカメラの前に向う。その背中は、女優の“浜田想良”に違いなかった。
その後に、ただついて行くしかなかった。
リハーサルも彼女の演技と現場監督の勢いにただ従っていた。
「まず凪希くん1人だけのカットで行こうか。本番いきまーす!」
空気が一気に締まる感じがする。
ライトが熱を持ち、カメラに赤い光がつく。
このカットは、作り物の部屋の窓際に立って笑うだけでいい。そもそも今回の主役はあくまでも想良らしいから、気が楽だ。
笑っているだけでいいなんて、いつもの“凪希”らしい笑顔を貼り付ければいいだけなのだから。
少しだけ口の端を持ち上げるようにすれば、すぐに「カット!」という声がかかった。
「いやあ、凪くん上手だね!ほんとに初めてー?」
「初めてですよ。お褒め頂きありがとうございます」
まあ、演技自体はずっとしていたのだから初めてではないのだけれど。
「じゃあ、次、想良ちゃんも入って!」
「はい!」
彼女は小走りで俺の横に駆け寄る。揺れる髪の毛から、シトラスの軽い香りがした。
このカットも俺は黙って笑えばいい。
「本番いきます!」
ライトが一斉に点く。
「この夏は____」
声も、笑顔も、滑らか。
でも次の瞬間。
音が途切れた。
口は動いているのに声だけが出ていない。まるで喉を誰かに掴まれているみたいに。
空気が一瞬で重くなった気がした。
スタッフの視線、ライトの熱、カメラの圧。
俺は横目で想良を見た。
呼吸が浅い。視線が定まっていない。指先が、微かに震えている。
どうしたんだ?
「…想良ちゃん?」
カメラ外から小さな声が飛ぶ。
その声にハッとしたように想良は笑った。
笑うけど、声が出ない。
「カット!」
空気が崩れたみたいに一気に騒がしくなる。スタッフが慌てて想良に駆け寄る。
「大丈夫ですか?」
想良は、何事もなかったみたいに微笑む。
「すみません。少し喉の調子が」
小さく咳払いをするけれど、声の違和感はない。
「…おい、ほんとに大丈夫か?」
小さく声を出して、彼女の肩に触れるとわずかに震えている。
想良は一歩下がった。肩に触れた手はするりと落ちる。
「大丈夫です、撮影止めてしまってすみません」
完璧な女優な顔なのに、目だけが違う。どこか、遠い。
「いいよ。すこし休憩挟もうか」
監督が眉をさげて笑った。
「っ…大丈夫ですっ!」
「控え室戻って休んできな」
笑顔が乱れる。そして、髪で顔を隠すみたいにして俯いた。
その隙間から、強く噛み締める唇がみえた。