海に凪ぐ、君の名前
Spin-off

浜の海

映画のワンシーンを撮影するためにたまたま来た港町。

この街はあまり好きじゃない。どこを見たって、海だらけ。

嫌味?

ホテルの窓から海を眺めながら、ぼんやりと思う。

羽美。海みたいに綺麗な子になってほしい。そんな意味でつけられた名前らしい。

でも私は、海みたいに綺麗じゃない。

人に見られるための顔を作って、人に求められる言葉を言って、みんなに好かれる。

それが、想良。

最近は、それが少しだけ嫌になっていた。

本当の私は、どこにいるんだろうって思う。

そんなことを考えながらぼーっとしていた。

そのとき、視界の端で、誰かが走っているのが見えた。

猛スピードで、まっすぐ強く前だけ見て。

次の瞬間、盛大に転んだ。

『っ…え!?』

居てもたってもいられなくて、思わず外に飛び出した。

堤防について、座り込んでいる男の子に近寄る。

手を擦りむいたのか、血が滲んでいて、顔も歪んでる。

でも。

(めっちゃ、綺麗な顔してない?)

女の子?

女優の私より、綺麗じゃん。

『あのー…だいじょ、』

声をかけようとしたその瞬間、花火が上がった。

思わず空に目を奪われる。空が昼のように明るい。

やっぱり、空の方が綺麗じゃん。



『羽美…』



『…え?』

その子の声は、花火の轟音をすり抜けて、私の鼓膜を揺らした。

(…あ、海ね?びっくりした)

目の前にいる子は、空に上がる花火じゃなくて、海を見つめていた。

眩く光る空よりも、ゆらゆらと曖昧に反射する海だけを。

そんな姿に、つい思ってしまったんだ。

この子はもしかしたら、本当の私を見つけてくれるんじゃないか、って。

さっきの呟きが海のことだって分かってたけど、でも、本当の私のことを呼んでくれたって勘違いしたい。

『…なーに?』

そう声をかけると、ゆっくり振り向いた。

『…は?だれ』

やっぱ、そうだよね。

こっちの海だよね。知ってたけどね。

驚いた顔。だけど、それだけじゃない。

今にも壊れそうな顔。

(ああ、私だ…)

君を助けたい。

私みたいに自分を見失わないで。

嘘で自分を隠しちゃだめだよ。

『ねえ、どうしてそんな顔してるの?』

嘘で固めた私じゃ、君の海を乱してしまうと思った。

でも、そんなこと無視してでも、君に触れたいと思ってしまったんだ。
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