海に凪ぐ、君の名前
俺がいつものあの堤防に着くころ、頭上ではまだ大きな振動と共に光が散っていた。
堤防には少し期待したとおり、見覚えのある小さな背中が腰掛けている。
その小さな背中は俺の足音に気づいて振り返ると、いつもの人を小馬鹿にするときの表情をした。
「へー?なにが『花火なんか興味無い』よ」
『花火なんて興味無い』というところだけ声を少し低くして、すました顔で言った。
多分、俺の真似だ。
「うるさい。今日だけ、気分だ」
彼女は、「へー気分?」とちらりとこちらに視線を滑らせ、またすぐに花火へと戻した。
そして、彼女は手に持っていた缶に口つけた。
(何飲んでんだろ)
堤防のいつもの場所に腰掛けて、それを覗く。
その缶のラベルを見て、ギョッとする
「え、お前…酒飲んでんの」
「え?あーうん」
彼女は何がおかしいんだと言わんばかりに答える。
そして、また金のラベルに覆われた缶に口付ける。
未成年飲酒じゃん。
「非行すぎんだろ」
「はぁ?なにが」
そう言って、ケラケラと笑う。
「全く法律に触れてないよ」
また、アルミ缶に唇を当てた。
え、それってつまり、
「成人してんの?」
「うん」
彼女はこくこくと飲みながら答えた。
(え、いやいや。絶対年下だろ)
言動行動が幼すぎるだけ?
意外というか、理解したくないというか。
彼女はふうっと息をついて、アルミ缶の縁を撫でた。
「まあ、好きじゃないけどね」
「え、好きじゃないの?」
「うん、むしろきらい」
「じゃあ、なんで飲んでるんだよ。酒って嫌いでも飲まなきゃいけないものなのか?」
そうじゃないけど、と小さく笑って、また口に当てた。
「嫌いだけど、やっぱ飲んじゃうんだよね」
そう言って、アルミ缶をながめた。
その横目は寂しそうに見える。
「なんで嫌いなの?」
彼女は、うーんと唸りながら笑っている。
言うか言わないか、迷ってるかのように見える。
「てか、私のことはいいんだって。君は?好きでもない花火を見に来たの?」
結局、彼女はまた何も言わないのか。
そして、彼女は、たぶん、花火なんて興味ないと言ったはずの俺がここに居ることを聞いている。
さっき、気分って言ったことが嘘とバレたんだろう。
俺が話すのを促しているんだ。その促す仕草だって別に強要するようにする訳でもなく、ただ優しい興味の無さだ。
でも、自分のことは話したくない。
自分の内側のことを話すと、同情を促すみたいになるからだ。
同情なんてされたくない。大変だよな、嫌だよな、辛いよなって。
同情は、貶しだ。人の気持ちなんて簡単に分かるはずない。
言葉でなんて言い表せないぐちゃぐちゃを「辛いよな、分かるぞ」なんて、そんな一言で済むわけがないんだ。
同情で感じ取れる辛さなんて想像でしかない。自分がその場に立ったならって想像して、自分なりに自分に落とし込むしかできない。
想像と現実が、足を並べるはずがないんだ。
だから、誰にも言わない。自分の思っていることを、他人に新しく解釈なんてさせないために。
「そういうことにしておいてよ」
そう言って口の端をあげ、爆音が響く空を見上げた。
花火がパラパラと海に垂れている。
光の筋は大音量で爆裂して、輝いて、散っていく。
そんな景色を、ただじっと見てた。
「また、嘘ついた」
「…は?」
ドンと、落雷に近いような花火の爆発が異常な程に響いた気がした。
涼やかな夜風が二人の間を通り抜けた。
遠くで上がる歓声までもがきこえる。
視界の中央を彼女にする。
「嘘って、どういう」
顔を向けると、さっきまで定位置にいた彼女が真隣に座っていた。
彼女は、花火の爆音で気づかなかったけど、知らぬ間に隣に移動していたのだ。
驚いて思わず仰け反る。
ぱっと宙に浮いた俺の手を彼女は、ギュっとつかまえて、引き寄せた。
ふんわりと酒の苦い香りがする。
「君らしくない」
彼女はそう言って、手を振り払った。
「ほんと、私とそっくりだね」
ドンドンと、連続して花火が打ち上がった。彼女の大きな瞳に、赤と黄色の火の光が射し込む。
「嘘ついて、自分守ったって本当の自分を見失うだけだよ」
ずっと張り詰めていた何かが、プツンと切れた気がした。
糸のように細く脆く、でも、ずっと大切にしていた何か。
まるで、花火の光の筋のようにすぐに消えてなくなる何か。
どうしてそんなこと、分かるんだ。いや、分かるはずないだろ。
それは、同情だろ?想像だろ?
お前には分からないだろ?
なのに、とめどなく感情が流れ込む。
ドーンドーンと、花火が上がる。クライマックスに近ずいているのか、花火だけでなく音も大きくなっていく。
「お酒ね」
彼女はぽつりと呟いた。
「お母さんがね、大好きだったんだよね。いや、大好きって言うか溺れてる?」
俯きがちに力なく笑う。
「依存性?」
思わずそう呟いた。
それを聞いて、「うん、そんなかんじ」と目を閉じた。
「優しくて暖かい人だったの。でも、お酒を飲んだら、人が変わったように子供に暴力をふるうような人だった」
俺は、ただ黙って聞いているしか無かった。
「だから、お酒は昔から大っ嫌いだったの。大好きだったお母さんを消しちゃうからね」
アルミ缶を指で柔らかく撫でた。
「でも、大人になったら。飲んじゃうよね」
缶を握り直し、またこくこくと飲み始めた。
「ほら、私は話したよ?君は?」
言うか言わないか。
どうすればいいのか、答えが出ない。
「……俺、」
かすれた小さな声がでる。
花火の爆音に、かき消されるはずだった、俺の声。
「なーに?」
彼女はそう言って、まるで夜の暗闇に咲く、火の花のように儚く淡く笑ったのだ。
その笑顔と声を聞いて、思い出した。
あの日___初めて彼女にあった日も、彼女は俺のことを見てくれた。
彼女はきっと、俺の話を同情も共感もすることなく、静かにただ聞いてくれるだろう。
自分のことを話したくないという感情がそんな些細なことで崩壊する。
「___会社、継がなきゃいけないんだ」
気がついたら、今まで言えなかったごちゃごちゃとせき止めている何かが___決壊した。
堤防には少し期待したとおり、見覚えのある小さな背中が腰掛けている。
その小さな背中は俺の足音に気づいて振り返ると、いつもの人を小馬鹿にするときの表情をした。
「へー?なにが『花火なんか興味無い』よ」
『花火なんて興味無い』というところだけ声を少し低くして、すました顔で言った。
多分、俺の真似だ。
「うるさい。今日だけ、気分だ」
彼女は、「へー気分?」とちらりとこちらに視線を滑らせ、またすぐに花火へと戻した。
そして、彼女は手に持っていた缶に口つけた。
(何飲んでんだろ)
堤防のいつもの場所に腰掛けて、それを覗く。
その缶のラベルを見て、ギョッとする
「え、お前…酒飲んでんの」
「え?あーうん」
彼女は何がおかしいんだと言わんばかりに答える。
そして、また金のラベルに覆われた缶に口付ける。
未成年飲酒じゃん。
「非行すぎんだろ」
「はぁ?なにが」
そう言って、ケラケラと笑う。
「全く法律に触れてないよ」
また、アルミ缶に唇を当てた。
え、それってつまり、
「成人してんの?」
「うん」
彼女はこくこくと飲みながら答えた。
(え、いやいや。絶対年下だろ)
言動行動が幼すぎるだけ?
意外というか、理解したくないというか。
彼女はふうっと息をついて、アルミ缶の縁を撫でた。
「まあ、好きじゃないけどね」
「え、好きじゃないの?」
「うん、むしろきらい」
「じゃあ、なんで飲んでるんだよ。酒って嫌いでも飲まなきゃいけないものなのか?」
そうじゃないけど、と小さく笑って、また口に当てた。
「嫌いだけど、やっぱ飲んじゃうんだよね」
そう言って、アルミ缶をながめた。
その横目は寂しそうに見える。
「なんで嫌いなの?」
彼女は、うーんと唸りながら笑っている。
言うか言わないか、迷ってるかのように見える。
「てか、私のことはいいんだって。君は?好きでもない花火を見に来たの?」
結局、彼女はまた何も言わないのか。
そして、彼女は、たぶん、花火なんて興味ないと言ったはずの俺がここに居ることを聞いている。
さっき、気分って言ったことが嘘とバレたんだろう。
俺が話すのを促しているんだ。その促す仕草だって別に強要するようにする訳でもなく、ただ優しい興味の無さだ。
でも、自分のことは話したくない。
自分の内側のことを話すと、同情を促すみたいになるからだ。
同情なんてされたくない。大変だよな、嫌だよな、辛いよなって。
同情は、貶しだ。人の気持ちなんて簡単に分かるはずない。
言葉でなんて言い表せないぐちゃぐちゃを「辛いよな、分かるぞ」なんて、そんな一言で済むわけがないんだ。
同情で感じ取れる辛さなんて想像でしかない。自分がその場に立ったならって想像して、自分なりに自分に落とし込むしかできない。
想像と現実が、足を並べるはずがないんだ。
だから、誰にも言わない。自分の思っていることを、他人に新しく解釈なんてさせないために。
「そういうことにしておいてよ」
そう言って口の端をあげ、爆音が響く空を見上げた。
花火がパラパラと海に垂れている。
光の筋は大音量で爆裂して、輝いて、散っていく。
そんな景色を、ただじっと見てた。
「また、嘘ついた」
「…は?」
ドンと、落雷に近いような花火の爆発が異常な程に響いた気がした。
涼やかな夜風が二人の間を通り抜けた。
遠くで上がる歓声までもがきこえる。
視界の中央を彼女にする。
「嘘って、どういう」
顔を向けると、さっきまで定位置にいた彼女が真隣に座っていた。
彼女は、花火の爆音で気づかなかったけど、知らぬ間に隣に移動していたのだ。
驚いて思わず仰け反る。
ぱっと宙に浮いた俺の手を彼女は、ギュっとつかまえて、引き寄せた。
ふんわりと酒の苦い香りがする。
「君らしくない」
彼女はそう言って、手を振り払った。
「ほんと、私とそっくりだね」
ドンドンと、連続して花火が打ち上がった。彼女の大きな瞳に、赤と黄色の火の光が射し込む。
「嘘ついて、自分守ったって本当の自分を見失うだけだよ」
ずっと張り詰めていた何かが、プツンと切れた気がした。
糸のように細く脆く、でも、ずっと大切にしていた何か。
まるで、花火の光の筋のようにすぐに消えてなくなる何か。
どうしてそんなこと、分かるんだ。いや、分かるはずないだろ。
それは、同情だろ?想像だろ?
お前には分からないだろ?
なのに、とめどなく感情が流れ込む。
ドーンドーンと、花火が上がる。クライマックスに近ずいているのか、花火だけでなく音も大きくなっていく。
「お酒ね」
彼女はぽつりと呟いた。
「お母さんがね、大好きだったんだよね。いや、大好きって言うか溺れてる?」
俯きがちに力なく笑う。
「依存性?」
思わずそう呟いた。
それを聞いて、「うん、そんなかんじ」と目を閉じた。
「優しくて暖かい人だったの。でも、お酒を飲んだら、人が変わったように子供に暴力をふるうような人だった」
俺は、ただ黙って聞いているしか無かった。
「だから、お酒は昔から大っ嫌いだったの。大好きだったお母さんを消しちゃうからね」
アルミ缶を指で柔らかく撫でた。
「でも、大人になったら。飲んじゃうよね」
缶を握り直し、またこくこくと飲み始めた。
「ほら、私は話したよ?君は?」
言うか言わないか。
どうすればいいのか、答えが出ない。
「……俺、」
かすれた小さな声がでる。
花火の爆音に、かき消されるはずだった、俺の声。
「なーに?」
彼女はそう言って、まるで夜の暗闇に咲く、火の花のように儚く淡く笑ったのだ。
その笑顔と声を聞いて、思い出した。
あの日___初めて彼女にあった日も、彼女は俺のことを見てくれた。
彼女はきっと、俺の話を同情も共感もすることなく、静かにただ聞いてくれるだろう。
自分のことを話したくないという感情がそんな些細なことで崩壊する。
「___会社、継がなきゃいけないんだ」
気がついたら、今まで言えなかったごちゃごちゃとせき止めている何かが___決壊した。