新・安倍晴明物語~泰山に舞う雪の花~

第1話(1)凶兆

 天地開闢のとき、邪悪な陰気が集まり妖気と化して妖神が生まれた。妖神は狐のような形で真っ白な面をしており、黄金の毛と九つの尾が生えていたので、白面金毛九尾の狐と恐れられた。天地の神々は力を合わせて三界を滅ぼそうと企む妖神に立ち向かい、多くの犠牲を出したものの妖神の肉体を雲散させることに成功した。


 天帝は散り散りになった妖神の肉体が合体することのないように、それぞれの肉体の欠片に魂を与えた。これが、上古に存在した九尾狐族である。天帝は彼らに清らかな魂を与えたので、妖神のように悪事を働くことはなく穏やかに暮らしていた。こうして三界の平和は保たれたかのように思えたが、妖神の魂魄はまだ完全に消滅していなかった。


 妖神は九尾狐族の身体に憑依しては人民に危害を加え、多くの人々が犠牲になった。深く後悔した天帝は心を鬼にして九尾狐族に攻撃を仕向けたが、当然彼らの中には天帝の決断を理不尽だと感じる者もいた。多くの九尾狐族が天兵の刃に斃れるなか、一部の九尾狐族は天界に逆らって逃げ隠れた。天帝は逃亡した九尾狐族を捜索させたが見つからず、妖神降臨の不安は今日まで鎮まることがない。妖神は唐土、天竺と九尾狐族の末裔に憑依して衆生を苦しめたが、勇敢な人間たちによって正体を見破られて逃亡し、現在は行方知れずになっている。


 冥界の講書堂では、妖神の誕生から現在に至るまでの講義が行われていた。だが、重要な講義にもかかわらず机に突っ伏して眠っている少女がいた。彼女は冥府の裁判長である泰山府君の娘玉屑で、将来は冥府で重要な役職に就くことが約束されている。隣に座っていた玉屑の兄炳霊帝君は彼女を優しく起こし、玉屑がようやく目を覚ますと、泰山府君が呆れた顔で見ていた。


 泰山府君は玉屑に妖神を滅ぼす方法について質問を投げかけるが、玉屑は答えられない。炳霊の助け舟によって、ようやく彼女は「妖神が依代に憑依しているときに、その依代ごと倒します」と回答する。泰山府君は炳霊に玉屑を甘やかしてはならないと諭し、玉屑に妖神の伝説が記された分厚い資料を渡す。玉屑は泰山府君に「妖神の討伐は天界の仕事なのだから、私たちは関係ないですよ」と意見するが、泰山府君は彼女に資料を暗記するよう命じる。


 一週間後、玉屑は泰山府君の前で妖神の伝説を暗唱し事なきを終えた。だが、泰山府君は彼女に対して三日後に泰山の愛身崖で雷劫を行うと告げる。雷劫はすべての神仙にとっての通過儀礼だが、落雷は想像を絶するほどの痛みを伴い落命する者もいた。玉屑は勝手に日程を決めたことに不満を感じるが、泰山府君は「そなたに任せたら、あれこれと理由をつけて先延ばしにし続ける」と意に介さない。玉屑は数日前に日本で起こった清涼殿落雷事件に触れて「落雷の衝撃に耐えられないかもしれません」と心配する。泰山府君は「一万人が試練を受ければ、十人が命を落とす」と死者の割合を説明し、滅多なことでは死なないと告げるが、玉屑は残りの十人になることを恐れる。


 玉屑は泰山府君に雷劫の必要性を尋ねるが、泰山府君は「これは神仙の義務であり、皆が受けている試練だ」と彼女に試練を受けさせる態度を変えない。炳霊は玉屑を宥めるが、彼女は心の内で「どうにかして雷劫を避けなければ」と思案を巡らせる。


 一方、平安京のはずれにある古びた屋敷では、粗末な衣を着た少年がうたた寝をしていた。彼は大膳大夫安倍益材の息子満月丸で、悪夢にうなされていた。夢の中では、五年前に満月丸の前から姿を消した母葛子が幼い彼の身体に法術を施していた。彼女は満月丸が愛した人を不幸にしてしまう宿命を嘆き、法術によって彼の情念を封じたのだ。


 眠りから覚めた満月丸は益材を呼び、不吉な夢を見たと伝える。益材は陰陽師の賀茂忠行を屋敷に招き、満月丸は忠行に夢の内容を説明する。忠行は「三日以内に満月丸に破滅をもたらす者が現れるので、厳重に慎まなければならない」と伝え、満月丸が見た夢は大凶の兆しだと危惧する。忠行の助言を真摯に受け止めた益材は屋敷の門に物忌の札を貼り、満月丸に三日間屋敷に籠もっているよう伝える。
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