お断りしたはずなのに、過保護なSPに溺愛されています
マンションのエントランスを抜け、エレベーターの中に乗り込んだ。
橘が無言で先に立ち、操作パネルにフロアのボタンを押す。
その背中を、紗良はぼんやりと見つめた。

(言うべきか。黙っていようか)

頭の中でぐるぐると考えが巡る。
あのDM。あの、悪意のこもった言葉。
“身の保障はしない”
どこかで見た脅迫文と同じ文面が混ざっていた。

けれど言ったところで、騒ぎすぎだと思われたら――
冷静に処理されて、淡々と記録されて、それで終わりかもしれない。

(でも、橘さんなら――)

そう思って、紗良はまた迷った。

エレベーターが目的の階で止まり、二人は無言のまま降りる。
自宅の玄関前まで進むと、すでに別のSPが立っていた。
待機していたのだろう。橘がその人物に短く耳打ちをする。

「1時間ほど外します。河田が代わりますので」

そう言って橘は紗良の方を一瞥し、一礼すると踵を返して去っていった。
河田は柔らかな笑みを浮かべ、軽く会釈をする。

玄関のロックを解除し、扉を開けたそのとき。
紗良は自分の中に残っていた迷いを断ち切った。

(言うなら今しかない)

「河田さん、ちょっといいですか?」

声をかけると、河田はすぐに応じた。

「なんでしょう?」

表情にいつもの親しみやすさを浮かべたまま、数歩で距離を詰めてくる。

紗良は玄関の中へと誘い入れ、扉を軽く閉めた。
バッグからスマートフォンを取り出し、迷いながらもDMの画面を開く。
幾つかの通知のうち、特に気になっていたメッセージをタップして見せた。

「……多分、送ってきてるだけだとは思うんですが……」

言いながら、紗良は画面を差し出す。
その一文――“一ノ瀬紗良の身は保障しない”――が目に入るやいなや、

にこやかだった河田の表情が、瞬時に変わった。

すっと眉が寄り、目の奥が鋭くなる。
肩の力が抜け、代わりに身体全体から静かな緊張感がにじみ出す。

その変化に、紗良は言葉を失った。

(あ……河田さんも、やっぱりSPなんだ)

つい数分前までの親しみやすい笑顔が幻だったかのように、そこに立っていたのは、危機を察知し、即座に判断を下そうとする“プロの顔”だった。

スマートフォンの画面を手に取ることもなく、河田は落ち着いた声で言った。

「この内容、すぐ警備本部へ共有します。一ノ瀬さん、今夜は念のため、ドアチェーンをお忘れなく。玄関前に立つのは僕ですが、不安なときはいつでも声をかけてください」

その声音に、冗談も気休めもなかった。
そこにあったのは、真剣さと、誠意だった。

紗良は静かに頷いた。
ようやく、言ってよかったと思えた。
< 18 / 237 >

この作品をシェア

pagetop