Pure─君を守りたかったから─

18.冬の休日

 十二月になって、晴大は父親が経営しているレストランへ、父親が休みの日に母親と三人で食事に行った。空港の近くで且つ隣には観光ホテルがあるので、外国人客を見ることも珍しくない。
 父親を先頭に店に入ると、店長が笑顔で迎えてくれた。
「あっ、社長! 連絡いただいたら良い席を」
「いやいや、普通の客と同じようにしてくれて良いよ。食事しに来ただけやし」
 父親は笑い、店長は空いている席の中で一番良い席に三人を案内した。両親が並んで座り、晴大は父親の向かいに座った。
 食事をしに来ただけ、と父親は言ったけれど、本当は晴大にマナーを教える目的でもあった。コース料理を注文して、いくつも並んだカトラリーを正しく使う。何度か来ているので晴大もそれなりにきちんと覚えていて、注意されることはほとんどない。
「お父さん、なんで飲食店やってるん?」
「大学のときファミレスでバイトしてて、帰っていく人が笑顔なん見て嬉しかったからやな。気付いたら会社つくってたわ」
 いま三人がいる店の他に、和食と洋食でいくつか店舗がある。もちろん晴大は料亭にも行って、和食のマナーもしっかり教えられた。
「晴大は、将来の夢はあるんか?」
「別にまだ……」
「まだ中学二年やし、ゆっくり考えたら良いわ」
 母親が笑っていると、隣の席の外国人が困っている様子に見えた。週末で従業員は忙しそうだったので、父親が席を立って話を聞きに行った。
「Excuse me, may I help you? I am an employee(従業員) of this restaurant. Today is my day off(休みの日), so I'm here with my family」
「Oh……I would like to know about this menu」
 父親が英語で説明すると外国人客たちは理解したようで、その後の食事を楽しんでいた。
 晴大はまだ簡単な英語しか習っていないけれど、それでも理解できる単語が多く使われていた。英会話というと日本人は構えてしまうけれど、簡単な単語を並べるだけでも話は通じるらしい。
 外国人客たちは単品の注文だったので、晴大たちよりも先に店を出た。レジをしていた従業員に、隣の席にいた従業員のおかげで楽しい時間を過ごせた、と改めてお礼を言っていたらしい。
「晴大もなぁ……ペラペラになれとは言わんけど、日常会話くらいは出来るようになってほしいな」
 いまの晴大は既に、同級生たちと比べると英語は出来るほうだ。試験で困ったことはないけれど、両親にはまだまだ敵わない。
「晴大は何が得意なんや? 勉強で」
「別に得意って無いけど……」
「それなら高校はまだコース絞らんほうが良いんかなぁ。高校になったら理系科目は特にややこしくなるし、一通り勉強してから将来のこと考えても」
 母親の言葉は晴大自信と同じ考えだった。晴大の性格上、人に物を教えるのは得意ではないし、教師になろうと思ったこともない。普通にサラリーマンになってお金を稼げればいい。
 そう思っていたけれど、会社を経営している父親を尊敬しているので、同じように起業したいと思ったこともある。それでも晴大にはまだ得意なことが分からないので、何をすれば良いかも分からない。運動が好きではあるけれど、その方面へ進むつもりはない。
「晴大、こっから一人で帰れるな?」
「うん」
 レストランでの食事を終えたあと、両親は晴大を残して車で和歌山県の由良(ゆら)町へドライブに行った。由良は晴大が生まれたところで、両親の故郷(ふるさと)だ。晴大も誘われたけれど両親についていく気はしなかったし、それよりも期末テストの勉強をしようと思った。
 電車で二十分ほど揺られてから地元の駅で降りると、駅前のロータリーで悠成を見かけた。
「矢嶋? 何してん?」
「ああ、渡利か。これから塾。試験対策やから」
「ふぅん。明後日からやしな。俺も帰って勉強しよ」
 同級生たちで塾に通い始める人が増えてきたけれど、晴大は今のところその予定はない。自分でなんとか出来ているので、必要ないと両親からも言われている。ただ、はっきりとした偏差値や志望校への合格可能性がわからないので、模擬試験は受けに行くかもしれない。
 ふと思い出したことがあって、晴大は悠成をじっと見つめた。
「おまえ──長瀬さんにフラれたらしいな」
「知ってたん? そやねん……でも今まで通り喋ってくれてるから」
 それはおそらく楓花がクラスメイトだからだ。晴大が楓花と話せないのは、リコーダー以外に接点がないからだ。
「それに、合唱コンクールの伴奏、長瀬さんになって、俺が指揮すんねん」
「ふぅん……」
「あ──時間きてるから行くわ」
 悠成は駅へ向かい、晴大はしばらく後ろ姿を見ていた。
 楓花は悠成のことをどう思っているのだろうか。晴大のときのように二人で会っている噂は聞かないし、校内で二人でいるところを見たこともない。楓花はだいたい舞衣と一緒で、男子生徒たちの間で噂にはなっても恋人がいるとは聞いたことがなかった。好きな人はいるらしいけれど──悠成ではなかったらしい。
 晴大は自宅に戻って勉強を始めたけれど、楓花と悠成のことが気になって集中できなかった。持っていたペンを手から離し、ベッドにどさっと仰向けになって頭の下で手を組んで、いつの間にか寝てしまっていた。部屋の外でバタバタと音がして、両親が帰ってきたことを知った。
「そういえば、もうすぐ三者面談あるけど、あかん日ある?」
 期末テストが終ってから、三者面談がある。学校がある平日は父親は仕事なので、だいたいは母親が来てくれていた。夕食の席で思い出したので聞いてみると、母親は少しだけ面倒臭そうな顔をしていた。
「もうそんな時期? いつでも良いよ。あんまり夕方は嫌やけど」
 学校は外壁の塗装をしているので綺麗に見えるけれど、建物自体は結構古いらしい。何度か増築をしているので部分的に木造で透き間風が冬は冷たく、教室の隅にストーブが置かれるくらいでエアコンは職員室や会議室くらいにしかない。晴大は慣れているけれど、数えるほどしか学校に来ない保護者たちは教室の寒さに震えてしまうらしい。
「よく耐えてるよなぁ。おまえら男はズボンやから良いけど、女の子らスカート寒いやろ」
「あー……たまにジャージ履いてる奴いてるわ」
 制服のスカートの下に体操服のジャージを履いている女子生徒が各学年に何人かいる。可笑しすぎて引いてしまったけれど、寒いよりはマシらしい。ちなみに楓花はそんな格好はしていないので寒さに慣れた、もしくは我慢しているらしい。
「学校によっては女の子でもズボン選べるとこ増えてきてるけど、あの学校は古いからなぁ……。制服も何十年も変わってないわ」
 女子生徒の制服が、紺のスカートと夏服はブラウスに棒ネクタイなのが冬には襟カバー付きのセーラー服と二種類あるのに対して、男子生徒は黒のズボンと白いシャツに学ランを着るか着ないかだけだった。公立高校に進学する場合はボタンを変えるだけでそのまま着られるので良かったけれど、なぜか女子生徒にだけある紺のコートが羨ましいと思ったこともある。市販のものを着ている生徒もいたけれど、見返しの部分に付けられた赤いチェックの生地が可愛いからと人気だったらしい。
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