Pure─君を守りたかったから─
20.二位の勘違い
三学期の期末テストが終わってから、合唱コンクールがあった。晴大は特に何の役もなく歌っているだけだったけれど、楓花はまた放送部として舞衣と一緒に佐藤から司会を任されたらしい。
《○組、伴奏○○さん、指揮○○君──》
ほとんどのクラスは伴奏が女子生徒で、指揮は男子生徒だ。
楓花から名前を呼んでもらえる可能性があるのなら指揮をしても良かったな、と晴大は思ったけれど、それは客席には背中を向けることになるし、クラスメイトから注目されることになるので何となく嫌だった。
楓花のクラスは悠成が言っていた通り、楓花が伴奏で悠成が指揮をしていた。クラスとしての歌はともかく、楓花のピアノは安定の上手さだった。伴奏は指揮を頼りにするので、楓花は何度か顔を上げていた。まれに鍵盤に集中して指揮を見ない生徒もいたけれど、楓花はちゃんと見ていた。
学校によっては指揮や伴奏に賞を出すところがあるらしいけれど、この学校にはない。もしもあれば──誰が何と言おうと、晴大は楓花が一位だと思った。
「うわ、マジで?」
数日後のクラブが休みの日の放課後、晴大が靴を履き変えていると佳雄の声がした。佳雄とはクラスが離れているので、下駄箱も少しだけ遠い。
「……何かあったん?」
「良かったな!」
「いや、でも、友達やし……何も予定ないけど」
「友達? だれ?」
「え……長瀬さん……」
合唱コンクールが終わったあと悠成は改めて楓花に告白して、楓花は〝よく分からない〟と言いながら友達として遊ぶことにはOKしたらしい。
「……マジで?」
「うん。付き合うのは、よく分からん、って言ってたし俺もやけど……」
「今日は一緒に帰らんの?」
「クラブやって」
佳雄と悠成が話すのを聞きながら、晴大は無意識に眉間に皺を寄せてしまった。楓花が晴大ではない誰かと──、悠成とはまだ恋人ではないらしいけれど、それでも距離が縮んでいることにショックを受けた。
「あれ? 渡利どうしたん?」
「あ──いや──」
「……もしかして、焦ってる? おまえのほうが人気あったのに矢嶋が先に彼女できそうで」
正解でもあるし、不正解でもある。
晴大は無意識に歩くスピードを上げ、悠成とは距離を取った。楓花が仲良くしているのは知っていたけれど、それ以上の仲になられると敵意が沸いてしまった。
「おーい、渡利ーっ」
キィィ、というブレーキ音と共に現れるのは、いつも丈志だ。晴大は歩くのを止めず、顔だけ振り返った。
「おまえまだ残ってたん?」
「帰ろうとしたら怪我してさぁ、保健室行ってた」
「ふぅん……」
丈志がどんな怪我をしたのか、晴大は興味がなかった。
「保健室って放送部の部室やんかぁ、長瀬さんおってな、なんか矢嶋と」
「さっき聞いた、後ろに矢嶋おるやろ?」
晴大が足を止めて振り返ると、悠成と佳雄が楽しそうに話しているのが見えた。おそらく悠成は、これから楓花としたいことを話しているのだろう。
「あ──俺、先に長瀬さんと天野さんから聞いたんやけど、矢嶋……付き合える可能性は低いみたいやで」
「──そうなん?」
保健室で既に楓花と舞衣が悠成の話をしていたので、丈志は怪我の治療をしてもらいながら聞いていたらしい。
「長瀬さん……矢嶋のことは嫌いちゃうけど、好きな奴がおるから友達にしかならん、って」
「……さっき矢嶋、嬉しそうにしてたけど」
「何か勘違いしてんちゃうか、って言ってたわ。学校では仲良くするけどデートとかするつもりなさそうやったで」
「それ……ただの友達?」
「そうそう」
晴大が改めて振り返ると、悠成は佳雄と分かれて一人になっていた。悠成は晴大と丈志の視線に気づいて走ってきた。
「矢嶋、おまえ……勘違いしてるみたいやで」
「え?」
「長瀬さん、これまで通り友達で、って意味で言ったみたいやで。さっき言ってた」
「えー……そうなん?」
悠成は肩を落とし、晴大は誰にも気づかれないようにニヤリと笑った。
「ショックやわぁ……。え、それってさぁ、長瀬さん本命がおるってこと?」
「みたいやで。誰か知らんけど」
その事実は公にしているけれど、誰なのかは舞衣にも教えていないらしい。それでも晴大の話題では相変わらず盛り上がっているようなので晴大だと思いたいけれど、確信は全くない。
「誰やろなぁ。波野、長瀬さん何か言ってた? そいつのこと」
「いやぁ……分からんわ。同級生としか」
「長瀬さんて、誰と仲良いん?」
「誰やろ……教室で席近い奴らはよく話すけど……あとは知らんな」
「俺も、去年よく話したけど……」
「──俺は同じクラスなってないから知らんぞ」
晴大が楓花と話していた頃、楓花が話題にしていた男子生徒は丈志だけだった。丈志のことが気になるようには全く見えなかったし、丈志が気になっているのは舞衣のほうだ。
「渡利」
「なに?」
「おまえ、長瀬さんと仲良くなれ」
「……はぁ? なんで?」
「今あんまり知らんやろ?」
「そうやけど?」
「良い子なんは俺らが保証するからさぁ、仲良くなって告白してみて」
「──前もそんなこと言ってたな」
以前に楓花も話していたけれど、晴大が楓花と仲良く話すには友人たちと一緒に過ごすか、あるいは同じクラスになる以外にない。
「渡利おまえ、長瀬さんの顔はどうなん?」
「……顔? ……別に普通」
「普通かぁ……知らんもんなぁ……実は可愛いとこあんねんで」
そんなことは、晴大は他人から言われなくてもちゃんと知っていた。リコーダーを教えてもらっていたとき、いろんな表情を見た。楽器に触れると真剣な顔になって、晴大に相対音感があると分かると嬉しそうだった。雑談をするようになってからは、話の内容によっては一緒に笑いあった。そんな楓花の顔は、晴大にとって普通のはずがなかった。
丈志は『春休みにみんなで遊ぼうか』と言っていたけれど、クラブで登校する日もあったので全員のスケジュールが合わずに結局は何もできなかった。楓花は勉強の時間を取りたいようで──塾には行っていないらしい──学校で見かけるといつも難しそうな顔をしていた。
「え、俺、長瀬さんと友達ってことは……クラス違ったらわざわざ誘いに行くのもおかしいな?」
「……そうやな。せめて隣やな」
悠成の悩みは、晴大も同じだった。
春休みは特に宿題がないので、晴大はできる限りクラブに参加していた。隣のコートには悠成もいたので、ときどき佳雄と三人で話をしていた。
楓花が私立高校へ進学予定だとは聞いていたので、三年生で同じクラスにならなければおそらく、楓花との距離を縮める機会はない。もしも同じクラスになれば話す機会はあるだろうし、運が良ければ二人きりにもなれるかもしれない。それでも──楓花が嫌がらないように、急に仲良く話すのはやめたほうが良いと思った。
《○組、伴奏○○さん、指揮○○君──》
ほとんどのクラスは伴奏が女子生徒で、指揮は男子生徒だ。
楓花から名前を呼んでもらえる可能性があるのなら指揮をしても良かったな、と晴大は思ったけれど、それは客席には背中を向けることになるし、クラスメイトから注目されることになるので何となく嫌だった。
楓花のクラスは悠成が言っていた通り、楓花が伴奏で悠成が指揮をしていた。クラスとしての歌はともかく、楓花のピアノは安定の上手さだった。伴奏は指揮を頼りにするので、楓花は何度か顔を上げていた。まれに鍵盤に集中して指揮を見ない生徒もいたけれど、楓花はちゃんと見ていた。
学校によっては指揮や伴奏に賞を出すところがあるらしいけれど、この学校にはない。もしもあれば──誰が何と言おうと、晴大は楓花が一位だと思った。
「うわ、マジで?」
数日後のクラブが休みの日の放課後、晴大が靴を履き変えていると佳雄の声がした。佳雄とはクラスが離れているので、下駄箱も少しだけ遠い。
「……何かあったん?」
「良かったな!」
「いや、でも、友達やし……何も予定ないけど」
「友達? だれ?」
「え……長瀬さん……」
合唱コンクールが終わったあと悠成は改めて楓花に告白して、楓花は〝よく分からない〟と言いながら友達として遊ぶことにはOKしたらしい。
「……マジで?」
「うん。付き合うのは、よく分からん、って言ってたし俺もやけど……」
「今日は一緒に帰らんの?」
「クラブやって」
佳雄と悠成が話すのを聞きながら、晴大は無意識に眉間に皺を寄せてしまった。楓花が晴大ではない誰かと──、悠成とはまだ恋人ではないらしいけれど、それでも距離が縮んでいることにショックを受けた。
「あれ? 渡利どうしたん?」
「あ──いや──」
「……もしかして、焦ってる? おまえのほうが人気あったのに矢嶋が先に彼女できそうで」
正解でもあるし、不正解でもある。
晴大は無意識に歩くスピードを上げ、悠成とは距離を取った。楓花が仲良くしているのは知っていたけれど、それ以上の仲になられると敵意が沸いてしまった。
「おーい、渡利ーっ」
キィィ、というブレーキ音と共に現れるのは、いつも丈志だ。晴大は歩くのを止めず、顔だけ振り返った。
「おまえまだ残ってたん?」
「帰ろうとしたら怪我してさぁ、保健室行ってた」
「ふぅん……」
丈志がどんな怪我をしたのか、晴大は興味がなかった。
「保健室って放送部の部室やんかぁ、長瀬さんおってな、なんか矢嶋と」
「さっき聞いた、後ろに矢嶋おるやろ?」
晴大が足を止めて振り返ると、悠成と佳雄が楽しそうに話しているのが見えた。おそらく悠成は、これから楓花としたいことを話しているのだろう。
「あ──俺、先に長瀬さんと天野さんから聞いたんやけど、矢嶋……付き合える可能性は低いみたいやで」
「──そうなん?」
保健室で既に楓花と舞衣が悠成の話をしていたので、丈志は怪我の治療をしてもらいながら聞いていたらしい。
「長瀬さん……矢嶋のことは嫌いちゃうけど、好きな奴がおるから友達にしかならん、って」
「……さっき矢嶋、嬉しそうにしてたけど」
「何か勘違いしてんちゃうか、って言ってたわ。学校では仲良くするけどデートとかするつもりなさそうやったで」
「それ……ただの友達?」
「そうそう」
晴大が改めて振り返ると、悠成は佳雄と分かれて一人になっていた。悠成は晴大と丈志の視線に気づいて走ってきた。
「矢嶋、おまえ……勘違いしてるみたいやで」
「え?」
「長瀬さん、これまで通り友達で、って意味で言ったみたいやで。さっき言ってた」
「えー……そうなん?」
悠成は肩を落とし、晴大は誰にも気づかれないようにニヤリと笑った。
「ショックやわぁ……。え、それってさぁ、長瀬さん本命がおるってこと?」
「みたいやで。誰か知らんけど」
その事実は公にしているけれど、誰なのかは舞衣にも教えていないらしい。それでも晴大の話題では相変わらず盛り上がっているようなので晴大だと思いたいけれど、確信は全くない。
「誰やろなぁ。波野、長瀬さん何か言ってた? そいつのこと」
「いやぁ……分からんわ。同級生としか」
「長瀬さんて、誰と仲良いん?」
「誰やろ……教室で席近い奴らはよく話すけど……あとは知らんな」
「俺も、去年よく話したけど……」
「──俺は同じクラスなってないから知らんぞ」
晴大が楓花と話していた頃、楓花が話題にしていた男子生徒は丈志だけだった。丈志のことが気になるようには全く見えなかったし、丈志が気になっているのは舞衣のほうだ。
「渡利」
「なに?」
「おまえ、長瀬さんと仲良くなれ」
「……はぁ? なんで?」
「今あんまり知らんやろ?」
「そうやけど?」
「良い子なんは俺らが保証するからさぁ、仲良くなって告白してみて」
「──前もそんなこと言ってたな」
以前に楓花も話していたけれど、晴大が楓花と仲良く話すには友人たちと一緒に過ごすか、あるいは同じクラスになる以外にない。
「渡利おまえ、長瀬さんの顔はどうなん?」
「……顔? ……別に普通」
「普通かぁ……知らんもんなぁ……実は可愛いとこあんねんで」
そんなことは、晴大は他人から言われなくてもちゃんと知っていた。リコーダーを教えてもらっていたとき、いろんな表情を見た。楽器に触れると真剣な顔になって、晴大に相対音感があると分かると嬉しそうだった。雑談をするようになってからは、話の内容によっては一緒に笑いあった。そんな楓花の顔は、晴大にとって普通のはずがなかった。
丈志は『春休みにみんなで遊ぼうか』と言っていたけれど、クラブで登校する日もあったので全員のスケジュールが合わずに結局は何もできなかった。楓花は勉強の時間を取りたいようで──塾には行っていないらしい──学校で見かけるといつも難しそうな顔をしていた。
「え、俺、長瀬さんと友達ってことは……クラス違ったらわざわざ誘いに行くのもおかしいな?」
「……そうやな。せめて隣やな」
悠成の悩みは、晴大も同じだった。
春休みは特に宿題がないので、晴大はできる限りクラブに参加していた。隣のコートには悠成もいたので、ときどき佳雄と三人で話をしていた。
楓花が私立高校へ進学予定だとは聞いていたので、三年生で同じクラスにならなければおそらく、楓花との距離を縮める機会はない。もしも同じクラスになれば話す機会はあるだろうし、運が良ければ二人きりにもなれるかもしれない。それでも──楓花が嫌がらないように、急に仲良く話すのはやめたほうが良いと思った。