Pure─君を守りたかったから─

32.大学三年の夏 ─side 晴大─

「ん? おまえ、誰にLINEしてん?」
 晴大がLINEのメッセージを送信すると、隣から丈志が覗き込んできた。
「別に?」
「大学のやつ?」
「まぁな……」
 大学のやつ、と言っても間違いではなかった。晴大がLINEを送った相手は楓花で、同じ大学だ。会場内で姿を見つけたけれど楓花の周りに晴大のことを良く思っていない同級生がいたし、席を出にくかったのもあって話しに行くのはやめた。楓花と話がしたかったので、『終わったら待ってて』と送った。
 楓花がスマホの画面を確認して友人たちに隠しているのは見えたし、返事は来なかったけれど、既読がついているのも確認した。外に出て同級生たちと適当に写真を撮ったり近況報告をしたりしたあと、端のほうで一息ついている楓花を見つけた。
「既読無視すんなよ」
 近くで見ると楓花は、とても綺麗だった。再会したときも思ったけれど、振り袖や普段と違う化粧で余計にそう思った。晴大はいまも楓花が好きだけれど、楓花には相変わらず伝えられていない。
「別に無視したわけじゃ……」
「まぁ良いわ。これからどっか行かん?」
「ええ……動きにくいから嫌やわ。友達と遊ぶのも諦めたのに。着替えるにしても、頭も洗わなガチガチやし」
「──女って大変やな。じゃ、明日は? 明日は良いやろ? 頼む!」
「明日……明日なら……」
 楓花はしばらく困っていたけれど、翌日になら良いと言ってくれた。ただ、詳しいことは何も決めていなかったので、あとで連絡することにして丈志たちとの話に戻った。
 晴大が楓花をデートに誘ったことは、舞衣が既に丈志に話したらしい。楓花もまだ困惑していたので、晴大は悪い人ではない、と丈志は簡単に言ってくれたらしい。
「渡利ぃ、おまえから誘うって珍しいよな?」
「まぁ……あの頃より話すようになったし、誤解されてんのも嫌やから話しとこうと思って」
「ふぅん。ここうるさいしな。大学でもおまえ、相変わらず噂あるんやろ?」
「あるわ。俺が悪いんかもしれんけど」
「そういえばさぁ、あの子とはどうなったん? 中学のとき好きやった子」
「……付き合う、かもしれん」

 それから約半年後の大学三年の夏休みになって、晴大はアルバイトしているレストランensoleillé(アンソレイエ)の近くにある居酒屋に丈志を呼び出した。
「話は聞いてたけど、おまえほんまにそこ(ensoleillé)でバイトしてんやな」
「まぁな。親の店やし」
「それで話って何? 改まって」
「約束してたやろ? 付き合えたら教えるって」
 晴大の言葉に丈志はポカンとしていたけれど、中学のときのことを思い出してニヤリとし始めた。成人式のときにも少し話したので、それほど記憶は遠くなかったらしい。
「え……誰? 俺の知ってる子──か、中学一緒って言ってたよな?」
「呼ぶわ」
 晴大が相手に電話をかけると丈志はそわそわしていたけれど、それが誰かはまだ予想がつかないらしい。
 遠くのほうで従業員が〝いらっしゃいませ〟と言うのが聞こえ、入り口のほうを向いて座っていた丈志は驚いて表情を変えた。
「あれっ、長瀬さん? ……一人?」
「えっ? 波野君? どうしたん? 私、そこのホテルでバイトしてるから、たまに来るんやけど……」
 話しながら楓花が晴大の隣に座るのを見て、丈志はまた驚いていた。
「なんで波野君がいてるん?」
「もしかして渡利──」
「悪い、二人とも。先に言っといたら良かったな」
 晴大は笑いながら楓花のほうを見た。
「ん? 何を? あ──もしかして、今から言うん?」
 晴大は真実を言おうと口を開いたけれど、丈志の驚く顔を見て笑いだしてしまった。代わりに丈志は楓花に、晴大と付き合っているのか、と聞いた。
「……うん」
「うわ……マジで? え……いつから?」
「半年くらい前? 成人式のあと……一月末やったかな」
 丈志の質問に楓花はさらっと答え、従業員にとりあえず飲み物を注文した。晴大がようやく笑うのをやめて前を向くと、丈志は口をポカンと開けていた。
「え……成人式のとき、長瀬さん困ってたやん? そんなすぐ変わる?」
「楓花とは──中一のときから仲良くしてたしな」
「えええ? うそやろ? そんなん知らんぞ」
「……俺、音楽苦手やったから先生に教えてもらおうとしてたんやけど、その日たまたま音楽室に楓花がおってな」
 楓花に音楽を教えてもらうことになって、佐藤に間に入ってもらって月に一度ほど二人で会っていた、と晴大は簡単に話した。リコーダーだとは今は秘密だ。
「でも俺は音楽苦手って誰にも知られたくなかったし、楓花は俺と会ってること知られたくなかった。だから普段は面識ないフリしてた。それで……俺のほうが先やったんか? 楓花のこと好きになったの」
「たぶん……。私も気にはなってたけど、周りに知られるのが怖くて、興味ないフリしてた。舞衣ちゃんのこともあったし……」
 楓花の気持ちを優先させたくて、晴大は楓花には告白できないまま卒業の日を迎えてしまった。
 舞衣は高校生になってから晴大に告白してきて、嫌いではなかったのでデートをした。けれど彼女を好きにはなれず、一回だけで終わらせてしまった。それから晴大の悪い噂が広まってしまい、違う高校だった楓花の耳にも入った。
「噂を信じてたから再会してからも距離とってたけど、成人式のとき波野君が言ってたとおりやったわ。晴大は、ただの良い人やった」
「ふん……当たり前やろ」
 楓花の言葉が嬉しくて、晴大は照れながら口角を上げた。
「あっ、もしかして渡利、あのとき──一年のバレンタインの帰り、おまえ自転車に乗せて帰ってるとき長瀬さんと会ったやん? あれ」
「楓花と会ってた。時間差で学校出た」
「うわ、マジかよ……」
「でも、あの日が最後になったって後から聞いて、そっから凹んでたな」
「それで失恋って言ってたんか。なんで最後やったん?」
「私が──晴大のこと本気で好きになるのが怖かったから。音楽も、だいぶ理解してたし」
「ふぅん……。それにしても、よく隠してたな?」
「おまえ、しょっちゅう俺に〝楓花に告白しろ〟って言ってたやろ。どう返そうか困ってたんやぞ。他の奴らもうるさかったし」
 実際に好きだったなら告白すれば良かったのに、と丈志は笑っていた。それはたくさんの問題があったことを説明すると、丈志はなんとか納得してくれた。
「なるほどな……。だから長瀬さんも、矢嶋に断り続けてたんか……。渡利、成人式のときデート誘ってたやん? あのとき告白したん?」
「いや? ドライブしたけど……告白したのはその次の日やな。ほんまは楓花の誕生日が良かったけどバイトやったし」
 告白する前に渡した誕生日プレゼントのネックレスを、いつも楓花は身に付けている。楓花の誕生日を中学二年のときに知ったことは、既に楓花に話した。楓花は〝そんな前から覚えていたのか〟と驚いていたけれど、〝それはそれで嬉しい〟と笑顔になっていた。
「なぁ渡利、おまえ──家のこと話したん?」
「ん? ああ、話した。あと──俺が継ぐとき、たぶん十年くらい後やけど、一緒にいて、って頼んだ」
「継ぐとき? 秘書とか?」
「いや? まぁ、それもあるけど、単純にな……」
 仮のプロポーズをしていると言うと、丈志はまた目と口を大きく開けて驚いていた。
< 32 / 39 >

この作品をシェア

pagetop