Pure─君を守りたかったから─
36.EmilyとJames ─side 晴大─
社会人になって最初の夏、晴大は父親に無理を言って平日に休みを取らせてもらった。
大学二年のとき楓花の家にホームステイしていたEmilyが大学を卒業し、恋人のJamesと一緒に日本旅行に行くと連絡があった。Emilyとは楓花が彩里と三人でensoleilléに来たときに会い、その後、晴大が留学したときにJamesにも会った。
晴大はJamesと、楓花はEmilyとの再会をものすごく楽しみにしていた。楓花はもともと平日が休みだったのもあって、特に職場から文句はなかったらしい。
「何だかんだで五年目やしな。お局やろ」
晴大が冗談めかして言うと、楓花は晴大の背中を叩いた。もちろん、これも本気ではないので全く痛くない。
「バイトと社員で違うし、まだまだ分からんこといっぱいある……。晴大だって、高校からやろ? 一、二、三……八年目やん」
「俺だって、やってること全然違うし。まぁ、週末は店手伝ったりしてるけどな」
晴大はまず父親と一緒にスカイクリアの全店舗を回り、それから大まかに事務的なことを聞いた。晴大は勉強は苦手ではなかったけれど、経験したことのないことだらけで苦労はしたし、経営の勉強はしたけれど数年前なのもあって少しだけ忘れていた。ensoleilléに新規の従業員がいないのもあって、晴大は週末は店を手伝っていた。
大学を卒業してから一人暮らしをしている晴大のマンションの前で楓花と待ち合わせ、車に乗って向かう先は楓花が働くホテルだ。楓花は休みを取っているけれど、EmilyとJamesが宿泊していた。楓花が対応できない時間のチェックインで、時差ボケもあって早くに就寝すると連絡が入っていた。二人の昼食の時間に合わせて会う予定にしていた。
駐車場に車を停めてロビーへ行くと、ソファに座っている外国人が二人いた。二人は楓花と晴大に気づき、立ち上がって近づいてきた。
「Emily! 久しぶり! Long time no see!」
「FUUKA! I missed you!」
楓花がEmilyとの再会を喜ぶ隣で、晴大はJamesと握手をしていた。楓花はJamesとは初対面なので簡単に挨拶をし、再びEmilyとの会話に戻る。
「Emily, Congratulations on your graduation!」
「Thank-you. アリガトウ」
「What are your future plans?」
「Ah──アメリカの学校で、日本のこと子供たちに教えマス」
「楓花、立ち話あれやし」
楓花とEmilyの会話を中断させ、予約していたレストランへ向かう。もちろんそれはホテルの隣のensoleilléで、店に入るとすぐに席に案内された。平日なので特に混んでおらず、晴大が手伝わないといけないような様子は全くない。
従業員が水を持ってきて少ししてから、店長がわざわざ挨拶に来てくれた。
「いいのに、別に」
「いやいや、晴大さんとお友達やったら、適当なことできないですよ。今日はゆっくりしてくださいね、サプライズ用意してるんで」
お楽しみに、と笑いながら離れていく店長を見送ってから、晴大は〝サプライズがあるらしい〟と英語でEmilyとJamesに伝えた。ensoleilléの従業員は英語を話せるので挨拶は英語だったけれど、最後の言葉は日本語だけだった。
「Surprise? Nice!」
「せっかく日本に来てくれたんやし、料亭のほうが良かったんやろうけどな」
「I'm happy to see the restaurant where you work」
二人で日本の文化を体験して回る、とは聞いていたけれど、それでも晴大は料亭をもつスカイクリアで働く身として、日本料理を提供したかった。できれば『天』へ案内したかったけれど、ホテルから遠いので仕方なく諦めた。
「Do you two live together?」
Jamesが晴大に聞いた。
「No, but we are tentatively engaged and I plan to propose again once I feel more confident in my work」
それがいつになるかは分からないけれど、せめて二十代のうちにはしようと晴大は考えていた。だから一人で暮らすには広めのワンルームを借りて、楓花の荷物を置くスペースも確保できている。そのことは楓花も知っているけれど、改めて言うと少しだけ照れていた。
「そういえば、フウカ……ah……アカリは元気?」
Emilyは日本での留学が長く日本語もしっかり勉強したようで、会話はときどき日本語にしてくれた。Jamesはそうはなっていないので、誰かが通訳する。晴大も楓花も大学の英語コミュニケーション学科を卒業して仕事でも英語を使っているので英会話には困らないけれど、Emilyが日本語を使いたいらしい。
「彩里ちゃん? うん、元気。今日も会いたがってたけど仕事休まれへんって」
注文した料理が届けられ、いろいろな話をしながら食べた。晴大は長らくensoleilléで働いてきたし店の評価が良いことも知っているので誇りを持っているけれど、それでも社員として働きはじめると他人からの評価を聞くのは少し怖い。
料理はEmilyとJamesの口に合ったようで、食事の時間はあっという間だった。
「ここにはいつまでいるん?」
「明日は京都、明後日は奈良に行きマス。それから──」
日本の東側へ移動しながら観光し、最後は新千歳空港から飛行機を乗り継いで帰るとEmilyが教えてくれた。
「The next time I see you two, you might be married. Maybe next year?」
Jamesが笑いながら言うと、Emilyも〝いいね〟という顔で晴大と楓花を見た。
「それはさすがに早いかなぁ……」
「──嫌か?」
「あっ、ううん、晴大が自信ついてたら、いつでも……」
楓花は少し顔を赤くしていた。晴大は生活と仕事に自信がつき次第プロポーズするつもりにしているけれど、来年ではない、となんとなく思う。
従業員が近づいてくる気配がして、見ると店長が笑顔で立っていた。
「お待たせしました」
「えっ? 頼んでないけど……」
「サプライズです。せっかくなんで」
「……こんなメニューないよな?」
店長が持ってきたのは、フランス菓子のオペラのような層になったデザートだった。ensoleilléはフランス料理の店なのでオペラはあるけれど、いま目の前にあるものは鶯色を基調にした和風の色だ。
「抹茶で作ってみました。羊羮とチョコレートで」
晴大が〝EmilyとJamesを招待する〟と話したときから、店長はこっそり試作を続けていたらしい。サプライズにEmilyとJamesが喜ぶのを見ながら、晴大は一人で頬を膨らませた。
大学二年のとき楓花の家にホームステイしていたEmilyが大学を卒業し、恋人のJamesと一緒に日本旅行に行くと連絡があった。Emilyとは楓花が彩里と三人でensoleilléに来たときに会い、その後、晴大が留学したときにJamesにも会った。
晴大はJamesと、楓花はEmilyとの再会をものすごく楽しみにしていた。楓花はもともと平日が休みだったのもあって、特に職場から文句はなかったらしい。
「何だかんだで五年目やしな。お局やろ」
晴大が冗談めかして言うと、楓花は晴大の背中を叩いた。もちろん、これも本気ではないので全く痛くない。
「バイトと社員で違うし、まだまだ分からんこといっぱいある……。晴大だって、高校からやろ? 一、二、三……八年目やん」
「俺だって、やってること全然違うし。まぁ、週末は店手伝ったりしてるけどな」
晴大はまず父親と一緒にスカイクリアの全店舗を回り、それから大まかに事務的なことを聞いた。晴大は勉強は苦手ではなかったけれど、経験したことのないことだらけで苦労はしたし、経営の勉強はしたけれど数年前なのもあって少しだけ忘れていた。ensoleilléに新規の従業員がいないのもあって、晴大は週末は店を手伝っていた。
大学を卒業してから一人暮らしをしている晴大のマンションの前で楓花と待ち合わせ、車に乗って向かう先は楓花が働くホテルだ。楓花は休みを取っているけれど、EmilyとJamesが宿泊していた。楓花が対応できない時間のチェックインで、時差ボケもあって早くに就寝すると連絡が入っていた。二人の昼食の時間に合わせて会う予定にしていた。
駐車場に車を停めてロビーへ行くと、ソファに座っている外国人が二人いた。二人は楓花と晴大に気づき、立ち上がって近づいてきた。
「Emily! 久しぶり! Long time no see!」
「FUUKA! I missed you!」
楓花がEmilyとの再会を喜ぶ隣で、晴大はJamesと握手をしていた。楓花はJamesとは初対面なので簡単に挨拶をし、再びEmilyとの会話に戻る。
「Emily, Congratulations on your graduation!」
「Thank-you. アリガトウ」
「What are your future plans?」
「Ah──アメリカの学校で、日本のこと子供たちに教えマス」
「楓花、立ち話あれやし」
楓花とEmilyの会話を中断させ、予約していたレストランへ向かう。もちろんそれはホテルの隣のensoleilléで、店に入るとすぐに席に案内された。平日なので特に混んでおらず、晴大が手伝わないといけないような様子は全くない。
従業員が水を持ってきて少ししてから、店長がわざわざ挨拶に来てくれた。
「いいのに、別に」
「いやいや、晴大さんとお友達やったら、適当なことできないですよ。今日はゆっくりしてくださいね、サプライズ用意してるんで」
お楽しみに、と笑いながら離れていく店長を見送ってから、晴大は〝サプライズがあるらしい〟と英語でEmilyとJamesに伝えた。ensoleilléの従業員は英語を話せるので挨拶は英語だったけれど、最後の言葉は日本語だけだった。
「Surprise? Nice!」
「せっかく日本に来てくれたんやし、料亭のほうが良かったんやろうけどな」
「I'm happy to see the restaurant where you work」
二人で日本の文化を体験して回る、とは聞いていたけれど、それでも晴大は料亭をもつスカイクリアで働く身として、日本料理を提供したかった。できれば『天』へ案内したかったけれど、ホテルから遠いので仕方なく諦めた。
「Do you two live together?」
Jamesが晴大に聞いた。
「No, but we are tentatively engaged and I plan to propose again once I feel more confident in my work」
それがいつになるかは分からないけれど、せめて二十代のうちにはしようと晴大は考えていた。だから一人で暮らすには広めのワンルームを借りて、楓花の荷物を置くスペースも確保できている。そのことは楓花も知っているけれど、改めて言うと少しだけ照れていた。
「そういえば、フウカ……ah……アカリは元気?」
Emilyは日本での留学が長く日本語もしっかり勉強したようで、会話はときどき日本語にしてくれた。Jamesはそうはなっていないので、誰かが通訳する。晴大も楓花も大学の英語コミュニケーション学科を卒業して仕事でも英語を使っているので英会話には困らないけれど、Emilyが日本語を使いたいらしい。
「彩里ちゃん? うん、元気。今日も会いたがってたけど仕事休まれへんって」
注文した料理が届けられ、いろいろな話をしながら食べた。晴大は長らくensoleilléで働いてきたし店の評価が良いことも知っているので誇りを持っているけれど、それでも社員として働きはじめると他人からの評価を聞くのは少し怖い。
料理はEmilyとJamesの口に合ったようで、食事の時間はあっという間だった。
「ここにはいつまでいるん?」
「明日は京都、明後日は奈良に行きマス。それから──」
日本の東側へ移動しながら観光し、最後は新千歳空港から飛行機を乗り継いで帰るとEmilyが教えてくれた。
「The next time I see you two, you might be married. Maybe next year?」
Jamesが笑いながら言うと、Emilyも〝いいね〟という顔で晴大と楓花を見た。
「それはさすがに早いかなぁ……」
「──嫌か?」
「あっ、ううん、晴大が自信ついてたら、いつでも……」
楓花は少し顔を赤くしていた。晴大は生活と仕事に自信がつき次第プロポーズするつもりにしているけれど、来年ではない、となんとなく思う。
従業員が近づいてくる気配がして、見ると店長が笑顔で立っていた。
「お待たせしました」
「えっ? 頼んでないけど……」
「サプライズです。せっかくなんで」
「……こんなメニューないよな?」
店長が持ってきたのは、フランス菓子のオペラのような層になったデザートだった。ensoleilléはフランス料理の店なのでオペラはあるけれど、いま目の前にあるものは鶯色を基調にした和風の色だ。
「抹茶で作ってみました。羊羮とチョコレートで」
晴大が〝EmilyとJamesを招待する〟と話したときから、店長はこっそり試作を続けていたらしい。サプライズにEmilyとJamesが喜ぶのを見ながら、晴大は一人で頬を膨らませた。