「逃げていいんだよ」と彼は言ってくれた。
「先生!」

 前の席に座っていた赤井さんが手をあげた。

「なんですか?」
「飲み会をやりませんか? 土曜日のクラスは二回に分けてやったんでしょ?」
「あちらは人数が多いので」
「私、幹事やりますから、やりましょうよ」

 赤井さんがそう言うと拍手が響く。特に前の列の女性たちは積極的に手を叩いていた。
 私も飲み会には賛成だ。この三ヶ月で大塚さん以外の受講生の方たちとも、話すようになったし、教室の外でも話してみたい。それに、また先生とお酒を飲む機会があったら嬉しい。

 思い切って、私も手をあげた。

「藍沢さん、どうされました?」

 先生が私を見る。目が合った瞬間、呼吸が止まりそうになった。

「私も……飲み会やりたいです」

 動揺のあまり、弱々しい声になったけど、何とか意見は言えた。
 先生が私に向かって頷いた。

「わかりました。では、最初に言いだした赤井さん、幹事よろしくお願いいたします。来週の金曜日の夜か、土曜日の夜でしたら僕は都合がつきます」

 わーという生徒たちの喜びの声が上がる。男性の声も混じっていて、先生と飲みたいと思っていた受講生は多いようだった。

「藍沢さん、良かったね」

 席に座ると、隣の大塚さんがニコッと微笑んだ。

 授業が終わると、先生はあっという間に生徒に囲まれた。最後の課題のことで質問したい人が多いようだった。
 私も聞きたいことがあったけど、あの中に飛び込んでいく勇気はない。

「ねえ、藍沢さん」

 大塚さんがそう呼びかけ、手招きする。
 顔を近づけると、大塚さんが私の耳元でささやく。

「小早川先生のこと好きでしょ?」
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