「逃げていいんだよ」と彼は言ってくれた。
 何と言ったら先生のイメージを下げないで済むのだろう。

「あの」という私の言葉に重ねるように先生が話し出す。
「偶然、美桜さんと居酒屋で会ったんですよ。それで、少しだけご一緒させていただきました。美桜さんがこちらのスーパーのお惣菜は美味しいと教えてくれて、まだ僕は足を運んだことがなかったので、連れて来てもらったんです」

 さすが脚本家。矛盾がないストーリー展開だ。

「先生、沢山お酒飲まれるんですね」

 母が先生のカゴを見ながら言った。

「友人が大勢遊びに来るので、その準備です」

 先生は全く動揺することなく答えた。

「お母さん、先生のカゴの中を見るのは失礼よ」
「ごめんなさい。ここで働いているから、若い男性はどういったものを買うのか気になっちゃって。マーケティングってやつよ」

 母からマーケティングなんて言葉が出ると思わなかった。

「藍沢さん、僕はここで失礼します。案内していただき、ありがとうございました」

 先生は私に会釈すると、立ち去った。
 私のためにそうしてくれたのはわかるが、先生との宅飲みがなくなってガッカリする。

「丁度良かった。美桜持ってくれる?」

 母からカゴを渡される。野菜や肉類が入ったカゴはズシリと重い。
 一瀬では父に会うし、スーパーでは母に会うしで、今日はついていない。きっと星占いは最下位だろう。
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