「逃げていいんだよ」と彼は言ってくれた。
「美桜、見合いをしないか?」

 コインランドリーで先生に会った夜、父に言われた。
 あまりにも唐突で、口の中のサバの味噌煮が急に味がしなくなった。
 戸惑っていると、父の隣に座る母も笑顔で「いいお話だと思うわよ」と言った。

「取引先の人で、とっても優しい人なんですってよ。美桜と合うと思うのよね」

 テンション高く、弾んだ声で話す母になぜか怒りが湧いてくる。

「とりあえず日曜日に会って来なさい」

 そう言って父が話を切り上げた。
 私の意志は関係なく、もう会うことは決定事項らしい。苛立ちを感じるけど、実家に置いてもらっている身なので、従うしかない。

「はい」

 渋々そう返事をした。

 正直、加瀬さんのことがあって、男性はこりごりだ。当分は一人で気ままに過ごしたい。
『ここが美桜の家なんだから、いつまでも居なさい』と言いながら、父も母も本心では、私を結婚させて早く追い出したいのかもしれない。そう思うと悲しくなった。
< 58 / 178 >

この作品をシェア

pagetop