「逃げていいんだよ」と彼は言ってくれた。
「藍沢さん、シナリオの宿題すすんでる?」

 私の隣に座った大塚さんに聞かれた。
 今は昼休憩で、大塚さんと現場近くの公園に出て来て、ベンチで昼食を取っている。
 いい天気と言いたいけど、今日は曇り空だ。悶々とした私の心を映しているよう。

「いや、全く」

 恋愛というテーマを見ると、加瀬さんが浮かび気持ちが乱れて全く書けなかった。

「私もあまり進んでいないのよね。恋愛ドラマ見ながら考えているんだけどさ」

 そう言って大塚さんが、娘さんのお下がりのお弁当箱を開ける。中には玉子焼きと、ハンバーグが入っていて美味しそうだ。
 私はコンビニで買ったおにぎりを食べている。おにぎりくらい今度からは握って来ようかなと、大塚さんのお弁当を見て思う。

「現役の藍沢さんでも難しいのか」
「現役って、何のですか?」
「もちろん恋愛の」

 当然のように言われて驚いた。

「私なんて全然現役じゃないです!」
「何言ってるの。花盛りの二十八歳じゃないの」

 大塚さんが微笑んだ。

「全く花盛りじゃないですから。むしろ、枯れているというか。ろくな恋愛してこなかったし、元彼には二股されるし」

 勢いでつい加瀬さんのことを言ってしまった。
 大塚さんが目を丸くする。

「そうなの?」
「はい。しかも私が本命ではなく、遊ばれていた方でした」

 改めて口にしてみると、惨めだ。

「元彼、本命と結婚して、赤ちゃんまでいるんですよ」

 お助けサービスの仕事でそれを知ることなったとは、さすがに言えない。

「本当、ろくな恋愛していませんよね、私」

 ハハッと笑うと、大塚さんがいきなり立ち上がった。
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