「逃げていいんだよ」と彼は言ってくれた。
 部屋着のまま一階に降りて行くと、バターの香ばしい匂いがする。
 ダイニングテーブルに座った母がトーストを食べていた。父を送り出した後らしい。

「お誕生日おめでとう」

 私の顔を見るなり母が言った。

「うん。ありがとう」
美桜(みお)もトースト食べる?」
「自分でやるから大丈夫。お母さん、仕事でしょ?」

 母はショッピングセンターに入るスーパーでパートをしている。

「そうなの。今日は早番で開店から入ってるのよね。ところで、美桜は今夜は友達と約束があるのよね?」

 本当はなかったけど、友達に誕生日を祝ってもらうと少しだけ見栄を張った。そうでも言わないと母が大騒ぎで私の誕生日の祝いをする勢いだったのだ。

 会社を辞めて、実家に帰って半年経つが、これ以上肩身の狭い想いをしたくない。

< 7 / 178 >

この作品をシェア

pagetop