「逃げていいんだよ」と彼は言ってくれた。
 高坂さんから向けられたスマホを見た。
 画面には結婚式の案内らしき文面が映っている。そこには加瀬さんと知らない女性の名前がある。結婚式の日取りは高坂さんの言う通りひと月後だった。

 ……知らなかった。

「お前、加瀬に遊ばれてたんだよ」

 私の中で何かが砕け散った。ギリギリの所で踏ん張って来たけど、もうイヤ。締め切りギリギリの仕事も、加瀬さんも……。

「俺が慰めてやろうか?」

 高坂さんが私の頭を撫でる。その瞬間、背筋がぞわっとした。

「いや!」

 そう口にした瞬間、ハッとした。
 目覚ましアラームの音が鳴っていた。
 枕元のスマホを掴み、アラームを止める。

 【四月五日】という日付が目に入る。今日は二十八回目の私の誕生日。
 今見た悪夢は半年前の出来事だった。

 窓ガラスを開けると、朝日と一緒に春の温かな空気が流れ込んでくる。それを感じてやっと心が落ち着く。あの場所から逃げられて良かったと、最近ようやく思えるようになった。

 
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