「逃げていいんだよ」と彼は言ってくれた。
 パンの袋と紙コップで手がいっぱいだったので、一度先生が取ってくれた四人掛けの席に行く。

「席取りありがとうございます。コーヒー取ってきますね」

 紙コップを持ってコーヒーメーカーがある方に行こうとしたら、先生が私の腕を掴む。

「俺が取ってくるよ。藍沢さん、レジの列にならんで疲れたでしょ」

 そう言って先生が私の手から紙コップを二つ取り、コーヒーメーカーの方に向かう。
 また先生が私に触れた。なんか意識したら、ボディータッチが多い気がする。

 もしかして、本当に先生は私に好意を……。

 コーヒーメーカーの前に立つ先生が見える。目が合うと先生はまた私に向かって手を振ってくれた。私も遠慮ぎみに振り返す。すると先生がニコッと笑った気がする。何だか先生から特別扱いを受けている気がして、脈が少し速くなる。だけど、後ろの席に座っていた女性たちの会話を聞いて、現実に戻された。

「後ろの席にいた男性カッコいいよね。一緒にいる女性は恋人?」
「違うんじゃない。恋人じゃなくて、きっと友人枠だよ」

 友人枠と言われて、私もそう思った。引っ越して来たばかりで遊ぶ人がいないと言っていたし、きっとそういうことなんだ。過度な期待をした自分が恥ずかしい。
< 91 / 178 >

この作品をシェア

pagetop