「逃げていいんだよ」と彼は言ってくれた。
 バターの甘い香りが店内に漂い、食欲を刺激される。

「先生、どれにしましょう」

 入り口でトレーとトングを取ってパンが置いてある平台に行く。

 くまの形をした可愛らしいパンや、チョココロネなどの甘いパン、照り焼きチキンサンドなどの惣菜系のパンが置いてあり、平台の周りにはトレーを持ったお客さんでいっぱいだった。さすが人気店だと改めて感じる。

「藍沢さん、『匠のカレーパン』がいい」

 隣に立つ先生が言った。
 先生はカレー好きなのかな? この間、こだわって作ると言っていたし。

「取りましたよ。他には?」
「うーん、藍沢さんがハマった『クリームパン』。それから『照り焼きチキンサンド』」

 私も同じ物が食べたかったので、二つずつトレーに乗せた。

「あとは?」
「そんなに食べられないよ」
「お土産用です」
「じゃあ、アップルパイ」

 私も食べたかったので、二つ取った。
 トレーの上はあっという間に山盛りになる。

「沢山買ったね」

 先生がトレーに視線を向ける。

「母と買いに来たときはこんなものじゃすみませんよ。この二倍は買います」

 先生が目を丸くする。

「そんなに買って、食べられる?」
「食べちゃうんですよね。だから、ここのパン屋さんに来るのは時々にしているんです。毎日来たら、危険です」

 クスッと先生が笑う。

「少し出すよ」

 レジに並ぶと先生が言った。

「おごります。それよりも先生はイートインスペースで席を取っておいてください。今、丁度空いたんですよね」

 店内から外のイートインスペースは見える。

「わかった。あそこだな」

 先生が私が視線を向けた先を指す。

「はい。よろしくお願いいたします」

 席を取りに行く先生をレジに並ぶ列から見送った。先生は私が指定した場所に座ると、私に向かって手を振ってくれた。なんだか恋人になったみたいで、少し照れくさい。

 にやけそうになるのを我慢しながら、お会計を済ませ、コーヒー用の紙コップを二つ頂く。
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