恋はリハビリ中!(マンガシナリオ)

#3 ソルト先生って誰?

恋「失礼します。」

 〇学生たちが書類を手に彷徨いている昼間とは違い、夕方の事務室は閑散としている。
 事務員は電話応対やパソコン操作に忙しくて、恋が事務室に入って来たことにも気がついてない。

恋(事故のことを誰に伝えたらいいんだろう?)

 〇途方に暮れて天井を見上げると、頭上に部署の札がぶら下がっている。
 でも、どの部署の事務員を呼んでいいのか恋には分からない。
 仕方なく通路をウロウロしていると、ちょうど事務室に入ってきた紺色にベージュのストライプのラインが入った制服のお姉さんが声をかけてくれた。

古参の事務員「どうしました?」
恋「すみません。
 ここの駐車場で車をぶつけてしまったんです。
 このナンバーの車の持ち主を呼び出してもらえませんか?」

 〇恋がスマホの画面を受付台の上に差し出すと、古参の事務員の顔色が変わった。

古参の事務員「あら、たいへん! あなたの名前は?」
恋「理学療法学科一年の葉奈乃 恋です。」

 〇メガネをかけたふくよかな古参の事務員の胸元には【飯田】の文字。
 スマホを見て「黒のメクサスね。」と呟き、館内放送をかけてくれた。

飯田「全館にお呼び出しをいたします…。」

 〇館内放送を終え、振り返って肩をすくめる飯田。

飯田「もしかして、免許取り立て?」
恋「はい…すみません。」
飯田「人間だもの失敗はあるわ。
 それに謝るのはこのメクサスの持ち主にね。」

 〇ナンバーのメモ書きを見て急に眉をひそめる飯田。

飯田「あー、マズイ。」

 〇飯田は腰に手を当てて後ろの席に居た若い事務員に声をかけた。

飯田「小林さん、このナンバー、あの先生じゃない?」
小林「あッ、ソルト先生か…。」

 〇二人が同情するような視線を恋に投げかける。

恋「ソルト先生が厄介って、なんのことですか?」
飯田「この車の持ち主、見た目は優しそうな人なのに塩対応なんだよね。
 いつも目が合わないし近寄りがたいオーラを出してるというか…。」

 〇小林が相づちを打つ。

飯田「怒るかもね。」
小林「高級車ですしね。」

 〇目を合わせて失笑した二人は青くなる恋を見ると、そそくさと業務に戻って行った。

恋(一難去ってまた一難⁉
 そのソルト先生って誰のことなの⁉)

 ♢

 〇15分後、事務室のドアがノックされるとともに恋が絶望した顏になる。

恋(あーダメだ。
 もはや暑苦しいモジャモジャ眉毛で上半身がムキムキ筋肉くんのソルト先生に、頭ごなしに怒られる未来しか見えない!)

 〇恋はドアの方を見られずに、床の一点を見つめて低く呟く。

恋「ゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさい!!」
男の声「放送で呼ばれたんだけど、何かありましたか?
 黒のメクサスは私の車です。」

恋(え、この声って…。)

 〇恋は顔を上げてハッとする。

 事務室に入ってきたのはVネックのシャツに白衣を羽織った小柄で爽やかな風貌の男性だった。
 茶色のカラーリングにマッシュルームカットの下の柔らかそうな菫色の瞳が印象的。
 
恋「星先生…?」
星「あれ、葉奈乃さん! 久しぶりですね。」

【恋モノローグ】 
 どうしよう!
 この人、私が告白した担当セラピストの星先生だ‼

 ♢

 〇事務室内のパーテーションで仕切られた応接用テーブルセットがある一角。
 ふかふかのソファに身を沈めた恋は、対角線上に座る星先生に頭を下げた。

恋「先生の大事な車に傷をつけて、申しわけありませんでしたッ!
 この償いは、一生かけて…いえ出世払いで支払わせていただきます‼」 
星「大出世する予定があるみたいだね。」

 〇おそるおそる頭を上げると、星先生が楽しそうに笑っている。

星「保険に入ってるならそれで大丈夫だし、責めるつもりはないよ。
 むしろ葉奈乃さんに怪我がなくて良かった。」
恋「あ、保険…!
 入ってます。無制限で。」
星「安心して。修理代に変に上乗せしないように工場の人には言っておくから。」
恋「よ、良かった!」

◯恋は安堵するとともに急に星先生を意識してしまう。

 相変らず癒される優し気なベビーフェイスと柔らかな口調。
 恋が恋焦がれていた一年前のままの姿。

恋(やっぱり素敵だなぁ、星先生…。)

【恋モノローグ】
 でも事務員さんたちの評価が低いのは、何でなんだろう?
 ちゃんと目が合うし、ぜんぜんソルト先生なんかじゃない。

星「その後、膝の状態はいかがですか? 確か膝十字靭帯損傷でACL手術を受けていましたよね。」
恋「使い過ぎると痛むことがありますけど、日常生活は問題ないです。」
星「でも、今の状態だとスポーツをする時に支障があるんじゃないですか?」
恋「陸上はもうやってないんです。」
星「あんなに頑張っていたのに、残念だね。」
恋「へへ…。」

 ◯気まずい沈黙。
 事務員さんに出された冷たいお茶を一気に飲み干そうとした恋に、星先生が切り出した。

星「ところで葉奈乃さん、君に聞きたいことがあるんだ。」
恋「はい?」
星「一年前、私に告白したことを覚えていますか?」
恋「ブフッ…!」

 〇突然の爆弾発言に、口に含んでいたお茶を噴き出してしまう恋。
 そんな恋に、なおも星先生は話を詰めた。

星「確か葉奈乃さんのリハビリ後に、病院の廊下で。」
恋「ど、どうしていきなりそんなことを⁉」

 〇恋は焦って立ちあがった。

恋「それはシーでしょ、シー!!
 いくら先生でも個人情報流失・プライバシー損害・エトセトラで訴えますよ!!」

 ◯星は真面目な顔で首を振る。

星「大事なことだから。」

【恋モノローグ】
 オーマイガッ!
 憎らしいけど、そんか先生も格好良すぎてしんどい!!

 〇恋はやけくそになって答えた。

恋「もちろん覚えてますとも!
 こっちがフラれたんですからねっ‼」

 ◯星先生は悲しげな表情を浮かべた。

星「あのあと、診療に来なくなったから心配してたけど、やっぱりそう受け取ってたんだね。」 

恋(は?
 あの言葉をそう受け取る以外に、意味なんかあるの?)

 〇恋が変な顏をしていると、星先生が話を続ける。

星「誤解なんです。
 君に女性が苦手だと言ったのはフるためじゃなくて、私という人間を理解してほしかったからなんです。」
恋「ゴカイ?」

 〇恋がオウム返しに聞くと、先生は驚くべき言葉を口にした。

星「実は私は極度の女性アレルギーで、患者以外の女性には目を合わすこともできないんです。
 昔のトラウマ経験からきてると思うんですが。」

恋(女性アレルギー?)

 〇恋は半笑いで言い返した。

恋「いや、まさかですよね?
 だって今も、先生と私は目が合っているじゃないですか。」

 〇そう指摘した途端、星先生が目を輝かせた。

星「そうなんです!」
 なぜか、葉奈乃さんとだけは目が合っても平気なんです!
 どうしてでしょうか⁉」
恋「わ、私にはわかりません。」

 恋(なんだこの急展開。)

 〇恋はグイグイ来る先生に引き気味に対応した。

星「葉奈乃さん、折り入ってお願いがあります。」
恋「はい?」
星「私の恋愛リハビリにつき合ってください!」
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