蜜味センチメンタル
しばしの沈黙が降りる。冷たい冬の空気が、窓の外から差し込む光に混じっている。
そして、羅華はゆっくりと言葉を継いだ。
「弥くん……たぶん、私はずっと、どこかであなたに会うのが怖かったんだと思う。忘れたつもりで、心の奥にしまい込んでた。だけど……本当は、終わってなかった」
視線を合わせると、弥は動かないまま、ただ静かに耳を傾けていた。
「だから弥くんの言葉に、揺れてしまった。……でも……ごめんなさい。…あの恋は、私の中で、もう終わったの」
羅華は迷わず、弥を見据えた。
「あなたが忘れられなかったのは、過去の私。……でも私の心はもう、そこにはいないの」
少しだけ、微笑んだ。
「ありがとう、弥くん。私、あなたと出会えてよかった。本当に、好きだったよ。……でも、私は前に進む。今の私を大事にしてくれる人と、ちゃんと生きていきたいから」
弥の瞳に、微かな陰りが差した。
けれど、その目に宿る光は、拒絶でも怒りでもなかった。
「……そうか」
短く返されたその一言に、これまでのすべてが詰まっているようだった。
羅華は、深く息を吐き、小さく頭を下げる。
「じゃあ、これで——さようなら。弥くん」
弥は何も言わなかった。
ただ、彼女の言葉をそのまま受け止めるように、小さく頷いた。
羅華は踵を返し、診察室をあとにする。
扉の向こうに出ると、曇り空の合間から、少しだけ陽が射していた。
——ようやく、本当に終わった。
今度こそ、振り返らずに進める。
羅華は、自分の胸にそっと手をあて、まっすぐに歩き出した。
——那色くん。私……ただいまって、ちゃんと胸を張って言えるよ
そして心の中で、小さく呟いた。