蜜味センチメンタル
病院のロビーを出ると、冷たい風が頬を打った。
それでも、羅華の足取りは迷いなかった。ようやく、向き合う準備ができたのだと思う。
ゆっくりと病院の案内板を辿り、別棟の診察エリアへ向かう。この道を選ぶのは、きっとこれが最後になる。
以前と同じ少し薄暗い廊下を進み、ナースステーションで名を告げると、対応してくれた看護師が「少しだけお待ちください」と微笑んだ。
診察室の前のベンチに腰掛けて、羅華は手のひらを膝の上で組んだ。心臓が静かに脈打っている。
数分後、ドアの向こうから聞こえてきたのは、聞き覚えのある低い声だった。
「──どうぞ、お入りください」
それを合図に立ち上がり、羅華は静かに扉を開いた。
そこにいたのは、変わらぬ白衣姿の弥だった。目が合った瞬間、彼の表情に、ほんの一瞬だけ驚きと戸惑いが混じる。
けれどすぐにそれを押し隠し、静かに口を開いた。
「……来てくれたんだね」
羅華は頷いた。
「話がしたくて。……ちゃんと、終わらせにきたの」
弥はわずかに目を伏せ、診察机の前にある椅子を手で示した。
「座るか?」
「ううん、立ったままでいい」
その返答に、弥の喉がごくりと動いたのが見えた。そして視線を下げ、ぽつりと漏らすように言う。
「このあいだのこと……勝手なことを言って、困らせたと思ってる。本当にごめん」
羅華は小さく首を横に振った。
「謝らないで。あれでよかった。ちゃんと知れて、よかったと思ってるから」