蜜味センチメンタル
どこか笑いそうになって、けれど口には出さない。それからもその画面から視線を外すのに、少しだけ時間がかかった。
「──紫水さん、失礼します」
背後で声がして、那色はそっと振り向く。代理店側の若い女性スタッフが小さく頭を下げた。
「もうすぐリハーサルが始まります。関係者控室へ、ご移動をお願いします」
「了解です。ありがとうございます」
タブレットを閉じて立ち上がる。
柔らかなライトが漂う廊下を抜けると、空気が少しだけ熱を帯びていた。式典本番が近づくにつれ、フロア全体がざわつき始めている。
スタッフたちの声、すれ違う脚音、交わされる無線の指示。
そのすべてを受け流すように、那色はホール内に足を踏み入れた——そのときだった。
カツン、と硬質なヒールの音が空間に響く。
振り返るより先に、香りが届いた。甘く、鋭く、舞台用に調香されたような華やかさ。視界の端を切り取るように、深紅のドレスが滑り込んでくる。
長く巻かれた髪、ラインの際立つ衣装、仕上がった笑顔。その一歩ごとに空気が変わる。スタッフたちの目線が、無意識に彼女へと吸い寄せられていく。
まるで、舞台袖からライトを浴びて現れたヒロインのように。
——嘉島藍良は、堂々とその場の注目をさらって現れた。