蜜味センチメンタル
張りすぎず、けれど会場のすみずみまで届く通る声。抑揚のつけ方、間の取り方、視線の配り方。すべてが計算され尽くしていた。
彼女は確かに“努力”を自分の武器にしたのだろう。だが、それでもその姿に対する尊敬はカケラも浮かばなかった。
(……厚顔無恥ってのは、ああいうのを言うんだろうな)
一度ついた感情は、容易には消えない。
特にそれが、大切な羅華に関わることならなおさらだ。
那色は視線をステージから外し、来賓の控えエリアへと向かう。本番と同じ流れで進められるリハーサルに備え、VIP席に案内する動線を一人ずつ確認していく。
「本日はようこそお越しくださいました。お席までご案内いたします」
柔らかな声と、丁寧な微笑み。
紫水家の名を背負っていることを、那色自身は決して声高に語らない。だが相手がそれを知っているときには、自然と敬意と警戒が入り混じる空気が生まれる。
今案内しているこの来賓も、そのひとりだった。
「久しぶりだね。若君。きみはまだ入社して数ヶ月だったよな? ずいぶんと落ち着いてるじゃないか」
「ご無沙汰しております。とんでもありません。まだ毎日が勉強です」
「お父上の代から知ってるけど……血筋だけじゃこうはいかないよ。たいしたもんだ」
「ありがとうございます。ご期待に添えるよう、精一杯やらせていただきます」