蜜味センチメンタル

週末の夜、クリスマスシーズンに入ったからか、いつもより街が騒がしい。

羅華は久しぶりに那色の働くバーを訪れた。扉を開けると、微かにスモーキーな照明に包まれた空間。心地よいジャズが低く流れ、カウンター席にはすでに何人かの客がグラスを傾けていた。


——…変わらないな、この店の空気は

相変わらず、とても安心する。そう思った直後、その空気の一角にいる横顔に目が留まった。

カウンターの向こうで、那色が女性客に笑顔を向けていた。彼女はグラスを両手で包むように持ち、身を乗り出して話しかけている。お酒のせいか、その頬はほんのりと紅を帯びていた。

「このバー、静かで温かくてすごく好きです。特に那色くんの雰囲気が…すごく落ち着きます」

「ありがとうございます。そう言っていただけると嬉しいです」

にこやかに返す那色の顔は、いつもの優しげな笑み。けれど、羅華の胸に刺さるものがあった。

それはきっと“いつもの接客”。

そう分かっていても、ほんの少しだけ胸が締め付けられる。自分と話す時の笑顔も、誰にでも向けられるものだったのだろうか。

そんな、ささいな疑問が羅華の心を曇らせた。

羅華がそっと店の中に足を踏み入れたのは、そのすぐ後だった。

「いらっしゃいませ…って、羅華さん」

気づいた那色が目を丸くして笑う。少しだけ、声のトーンが変わった気がして、羅華の頬もほんのり緩んだ。

「久しぶりですね。お元気でしたか?」

「まあ…なんとか、ね」

カウンターに移動しながら言葉を交わす。そのわずかなやり取りの中に、ぎこちなさと安堵が混ざっていた。

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