イジワル幼なじみが「友達だからいいでしょ?」っていいながら、めちゃくちゃ溺愛してくるんですけど!?
 帰り道。友達と別れた後は一人の時間。
 通学路に生えた青々としげった桜並木に沿って歩く。
 今日もよく勉強した。
 それに今日はホッチキス留めで右手を酷使した。あとそれを一緒に作業した人間のせいで精神的につかれたし、帰ったらアイスでも食べたい気分。
 その時、後ろから肩をボンッとたたかれた。こんなことするのは一人しかいない。
「なんなの」
 ふり向くと、やっぱりいた。式見木蓮。
「いや、俺の家こっちだし」
「そうじゃなくて。部活はいったんじゃないの」
「入ってないけど。柳原に付き合って見学に行っただけ」
「ああ、そう」
 なんだ。式見、部活に入らなかったのか。
 まあ、いつも家でゲームしてるようなインドアなやつだしね。
 運動神経いいくせに、もったいないなあとは思うけど。
「もう五月だけど、花井は何部に入るの?」
「いや、まだ決められなくて……」
「文化系?」
「そうだね。私、運動にがてだし。美術部あたりに入ろうかな、って思い始めてるけど」
「ふうん。じゃあ、俺も美術部に入ろうかな。面白そうだし」
 いや、なんでそうなる。
 式見と同じ部活なんて、ぜったい嫌だよ。
 小学校の通学団の時みたいに毎日、からかわれそうだもん。
「あんたは体育の成績よかったんだし、バスケ部とかに入ればいいんじゃないの」「だって、家でゲームする時間なくなりそうじゃん」
「むり。一緒に入部したら私とあんたの仲がいいと思われそうだし」
「なんで? 俺ら、友達じゃん」
「いやいやいや……」
 そう思ってんのはあんただけだっての!
 なんで今日は、【称号・友達】みたいにふりかざしてくんのっ?
 いったい何をたくらんでるんだ。
 こいつ、裏でなにか計画してるんじゃないのかっ。
 動画サイトでよくある、ドッキリ的な……。
「ゆ、ユーチューバーでもはじめたの?」
「いきなり、なに言ってんの。変なやつ」
 変なやつはあんただよ! そっくりそのまま返すわ!
「とにかく、同じ部活は無理だからね」
「ええ。花井と一緒ならぜったいおもしろいのに」
「私はおもしろくないの」
「保育園のときは〝すみれ組のなかで木蓮くんがいちばんおもしろいね〟って言ってくれたじゃん」
 何年前の話よ。過去を掘り返さないで。
「たまたまでしょ。柳原くんが一番のときもあったかもしれないし」
「いや、あいつが俺よりおもしろかったことなんてないから。断言できる」
 キッパリと言い捨てる式見に、思わず「ふふっ」と吹き出してしまう。
 初夏の青葉の香りをのせて、やわらかい風にのって式見の短い黒髪がそよいだ。
 保育園のときは同じくらいだった私たちの身長。
 今では、むかつくこいつの顔を見上げなければみることができないなんて。
「笑ったね。俺との会話で」
「笑ってない」
「小二くらいから、俺のこと避け始めてたよね」
「あんたがむかつくことばっか言う、ひねくれたやつだからでしょ。それに避けても避けても、話しかけてきてたんだから、結果的に避けられてないから」
「でも、今日から友達だから。俺ら」
「だーかーらー。何なの、それ」
 ぽん、と私の頭の上に式見の手のひらが乗る。
 それが、ゆっくりと優しく私の髪の流れにそうようになでてくる。
 意外と大きな、男の人の手にわずかにびびる。
 あの小さかった式見が、今はもう中学生なんだって、思い知らされる。く、くやしい。
「子どもあつかいしないでよ」
「ええっ、そういう意味でやってるんじゃないんだけど」
「どういうつもりか知らないけど、あんたのドッキリなんてお見通しだから」
「ドッキリって、何のこと」
「ほら、またしらばっくれてる。友達だかなんだか知らないけど、私、あんたの思い通りにはならないんだからね!」
 そう言うと、私は式見の手を振りほどき、ダッシュする。
 振り返ってなんてやらないんだから。
 ああ、せいせいした。
 あいつと友達ごっこなんて、できるわけないんだから!
 家に帰ると、スマホにラインが届いていた。
『ドッキリって何のこと?』
 なんて返そうかと思っている間に、まだ次のラインが来る。
『そう言えば、友達になったんだから百里って、呼び方にもどしてもいいよね」
『だめ』
『既読はや』
『名前呼びに戻ったら、そういう仲なのかと思われるじゃん』
『でも、友達なんだよ。いいじゃん』
 そりゃ男女の友達で、名前呼びする子たちもいるけどさ。
 式見はカッコいいし、モテるから。いきなり名前呼びに戻ったら、ぜったいに疑われる。付き合いだしたって。
 その誤解を解くのが面倒じゃん。
『じゃあさ、こうしよう』
『なに』
『二人だけでいるときは、名前呼びに戻していいよね。友達なんだし』
 まあ、それなら周りに誤解を生まないか。
『わかった。いいよ』
『そんじゃ、そういうことで。俺のことも、名前呼びに戻してね』
『うそ。いやだ』
『俺だけ名前呼びするけど、いいの? 不公平じゃない?』
 なにが不公平なのかわからないけど、確かに式見にだけ名前呼びされるのはむかつくな。
『わかった。名前呼びに戻す。二人でいるときだけね!』
『おっけー。じゃあ、そういうことで。よろしくね、百里』
『はい』
『俺のことも呼んでみてよ、復習で』
『はいはい。木蓮ね』
『そうそう。それとさ、宿題の数学プリントの問一。答え教えて』
 その後は当然、既読スルーした。
 別に式見だって、日ごろから既読スルーしてくるから問題ない。
 あいつに気を使った方が負けなのだ。
 というか、問一からわからないとかありえないし。
 そう思ってカバンから数学プリントを取り出し、問題を読む。
「はあ? これの何がむずかしいわけ」
 式見はどちらかと言うと理数系だ。
 こんな問題解けないわけない。なんであんなこと言ったんだろう。
 ああ、またドッキリか。私をためしたってわけね。解けなかったら、バカにするつもりだったんだ。
「もおおお、疲れる」
 いつものように、式見とのトーク履歴を削除すると、私は宿題にとりかかった。
 あいつ、明日から二人の時は、私のことを名前呼びしてくるのかな――。
 そんな考えを打ち消したくて、もくもくとシャープペンシルを動かしていった。
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