私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?
「そんなものいるわけないだろう。怖がり過ぎて幻覚でも見たんじゃないか」

「幻覚などではありません! 私は確かに、紺色のドレスを着た髪の長い女性がこちらをじっと見ているのを見ました。本当にびっくりして、昨日の夜はずっと部屋に隠れてたんです」

「幻覚じゃないなら夢でも見たんだろ」

「夢でもないんです! それに、ほかにもおかしなことがいくつかありました。窓は閉まっているのに風が吹いてドアがしまったり、本棚からひとりでに本が落ちたり。やっぱりこのお屋敷には何かいるんですよ!」

「壁に穴でも開いていて、風が入り込んだんじゃないか?」

 私は精一杯説明しようとするが、リュシアン様は全く信じてくれていないようだった。私はしょんぼりとうなだれる。


「屋敷では幽霊の幻覚を見たこと以外、特に何事もなかったと。そうだな?」

「幻覚ではありません!」

「しつこいな。まぁ、幽霊が出たんだと言うことにしておいてやる。屋敷での生活についても聞いたし、もう通信を切るぞ。しっかり反省しろよ」

 リュシアン様はそう言って立ち上がろうとする。ああ、行ってしまう。慌てた私は、思わず彼を引き止めてしまった。

「あっ、お待ちください、リュシアン様!」

「なんだよ」

 リュシアン様はこちらにめんどくさそうな目を向ける。私はしどろもどろになって言った。

「その……この通信は今日だけなのでしょうか……?」

「さぁな。またしばらくしたらお前の反省状況を確認するために使うかもしれない」

 リュシアン様は平然と言う。しばらくしたら使うかもしれない……。それは一体いつになるのだろう。少なくともまた数日間はリュシアン様の顔を見ることができないと思うと、胸が痛みだす。

 私は思い切って要望を口にしてみた。

「あ、あの……おこがましいお願いかとは思うのですが、毎日十分間だけ……いえ、五分間だけでいいので私と通信してもらえませんか?」

 私の言葉にリュシアン様は目を見開いた。罪人の分際でこんなことを頼むなんて、おこがましいのはわかっている。

 でも、一日五分間だけでもリュシアン様の顔を見られれば、この奇妙なお屋敷でもやっていける気がするのだ。

 懸命に頼む私をリュシアン様は眉をひそめて見ていた。


「自分が頼み事をできる立場だと思っているのか」

 リュシアン様の呆れ顔。わかっている。リュシアン様は私の反省具合を確認するために通信をしているだけなのだし、私の願いにつき合う義理などないのだ。

 わかっていたことだけれど、ばっさりと断られてしまいちょっとへこんでしまう。

「そ、そうですよね……。だめですよね。わかりました……」

 謝って鏡の前から離れようとすると、「待て」と引き止められる。

「だめだとは言ってない。罪人の様子を確認する必要もあるし、望み通り五分……いや、十分くらいなら時間を使ってやっても良いぞ」

 リュシアン様はしかめ面のまま、仕方なさそうに言った。全身の体温が上がる気がした。

「本当ですか!?」

「ああ。だが勘違いするなよ。監視が目的だからな」

「ええ、ええ。構いません! リュシアン様のお姿が見られるなら!」

 嬉しくて鏡にべたべた触れてしまう。リュシアン様が毎日話してくれる。しかも、十分間も。お屋敷のどんよりとした空気が、一気に華やいだ気がした。

「リュシアン様、大好きですっ」

 思わず鏡に向かってそう言ったら、ばっさりと「俺は紅茶に毒を入れる女なんて嫌いだ」と切り捨てられてしまった。

「うう……。そうですか……」

「だからそこでしっかり反省しろよ」

「はい、一ヶ月乗り切って見せます!」

 リュシアン様の言葉に気合を入れて答えたら、彼はこらえきれなくなったように噴き出した。ひとしきり笑った後、リュシアン様は珍しく私に意地悪な笑みでない笑顔を向けて言う。

「がんばれよ。おやすみ、レーヌ」

「は、はい……! おやすみなさい、リュシアン様」

 リュシアン様は鏡に手をかざし、通信を切った。鏡面がリュシアン様の姿から部屋の景色に戻っても、ずっとそこから目が離せなかった。

(久しぶりに愛称で呼ばれたわ……)

 しかも、おやすみって言ってくれた。火照る頬を押さえながら、ベッドでごろごろ転がる。

 私はすっかり元気になっていた。今ならあの幽霊が出てきても、笑って挨拶できる気までした。
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