私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?
 オレリアはこちらから一切目を逸らさないまま、スカートから何かを取り出した。

 目を凝らして息を呑む。オレリアが持っているのは、銀色に光るナイフだった。

「おい、オレリア。待て。落ち着くんだ。その物騒なものを置け」

 俺の言葉なんてまるで耳に入らないかのように、オレリアはナイフをすっとこちらに向ける。

 ソファから立ち上がるそぶりを見せると、逃がさないとでもいうかのように、オレリアはナイフを俺の動きに合わせて動かした。

「オレリア、やめろ。俺を刺す気か? そんなことをして何になるんだ?」

「ふふふ。リュシアン様ったら怯えちゃって。前にも刺されたことがあるじゃないですか」

 オレリアは首を傾げて優しい声で言う。その穏やかな声と、手に持った鋭利なナイフがあまりにもそぐわない。

「オレリア……」

「大丈夫ですよ。私はジスレーヌ様みたいにあなたを刺すなんて非道なこと、しませんから」

「そうか、そうだよな。お前はまともだもんな。それなら早くそれを置くんだ。な?」

 オレリアをなだめようと出来るかぎり柔らかい声で呼びかけると、オレリアは目を細めて微笑んだ。

 わかってくれたのかなんて油断した次の瞬間、オレリアは迷いなく自分の腕をナイフで切りつけた。

 勢いよく血が噴き出し、ソファを濡らす。


「な……っ、おい、馬鹿!! 何やってるんだ!!」

 オレリアは引きつった顔をこちらに向ける。かなり痛むのか顔に冷や汗が浮かんでいるのに、再び迷いのない動作で腕の別の部分を切りつける。

「やめろ! 気でも狂ったのか!?」

 慌ててオレリアを押さえつけ、手をつかんで無理矢理ナイフを奪い取った。部屋中に鉄さびのようなにおいがひろがる。オレリアは俺に押さえつけられたまま、荒い息をしていた。

「大丈夫か!? なんでこんな馬鹿なことを……。さっさと病院へ行くぞ!」

「心配してくれるなんてお優しいのですね、リュシアン様。私、今さっきあなたにナイフを向けたばかりなのに」

 オレリアは苦しげに息をしながらこちらを見る。

「でも、そんな甘い態度だと足をすくわれますよ」

「は?」


 オレリアの言葉を理解しきる前に、突然小屋の外から足音が聞こえたかと思うと、勢いよく扉が開いた。

 あっという間に制服を着た兵士らしき男たちが押し寄せて来る。

「オレリア様、何があったんですか!? この血は……! それに、その恰好は……」

「ああ、みなさん、来てくださったのですね……!」

 オレリアは目に涙をいっぱいに溜め、突然弱々しくなった態度で兵士たちによろよろ近づいていった。その手にはいつの間に取り出したのだろう、小型の通信機が握られている。

「オレリア様、一体何が……」

「私……、私、リュシアン様に襲われそうになったんです!!」

 オレリアが涙声で叫ぶ。兵士たちの間にざわめきが広がた。

 部屋はオレリアのすすり泣く声と、困惑する兵士たちの声でいっぱいになる。兵士たちの視線はこちらに集まっていた。

「……は?」

 状況が全く呑み込めない。

 オレリアは一体何を言っているんだ? お前が突然服を脱ぎだして、自分の腕をナイフで切りつけたのだろう。俺はその異様な光景を無理やり見せられただけだ。

 兵士たちのざわめきはなかなか消えない。彼らは心配そうな顔でオレリアを取り囲んでいた。

 俺はただ呆然と、現実味のないその光景を眺めることしかできなかった。
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